第百話「権力者の仕事」
アルマは神聖なる騎士団の姿のまま街を歩いていた。この御時世なので人通りはなく、その姿に注目する人間はいなかった。
戒厳令はそのまま施行されているが、夜間、全ての店が閉店している訳ではない。
仕事を終え、帰還が遅くなった冒険者に食事を提供する店や、今はゴーストに対処する為、待機や休憩など、その為に開けている店もあるのだ。
その一軒の前にアルマは立つ。エレネストの経営する店だ。中からは客が談笑する声が聞こえ、アルマはゆっくりと扉を開けた。
中には数十人の冒険者がいた。街の命運を賭け、疲労の極地にあってもまだ習慣を変えようとはしない者たちに、アルマは好感を持った。これはこれで良い。カウンターの中のマスターと目が合った。
奥のテーブルではデフロットが呆けたようにこちらを見ている。お目当ての後ろ姿を見つけてアルマは歩み寄った。
正面を向いているアレクが、その背中の男に目配せをする。
「バスティアン……」
「ん? なんだ、アルマか。どうしたんだ? こんな所に。それも王宮の正装で……」
「呑気なヤツめ――。ちょっと付き合え。ブランシャール卿が帰領している……」
「だから?」
「我らも行くぞ」
「ただの親子喧嘩だよ。俺たちが――」
「なんだと?」
そっけなく言うバスティの言葉を、アルマが遮る。
「他の家の揉め事に他人が口出すものじゃあないだろう」
「この腰抜けがっ! 貴様、それでも貴族か!! 我々の義務であるぞ!」
店の中が一瞬静まり返った。全員がこの二人のやりとりに注目する。
アルマは幼少の頃から知っているバスティを好きだった。少し年上のダメな兄のような存在としてだ。しかし立場に無頓着な性格には、時々イラ立っていた。
貴族のくせに騎士団を否定して冒険者になる。あろうことか学院を一年休学してまで自由に生きる。その姿は羨ましくもあり、無責任などこにでもいる末っ子にも見えた。自然と自分に重ね合わせると、いっそう苛立ちが増す。
そしてその放蕩の末、しれっとしてベルトワーズ家の御令嬢をお持ち帰りしてくるなど、怒りを通り越してもはや笑うしかないのだ。
「アレクシア殿、婚約者を少々お借りする」
「どうぞ、王都の方針は心得ておりますわ」
アレクは肩をすくめて、イヴェットとリュリュは顔を見合わせ、特にアルマの乱入に何かを言うつもりはないように振る舞う。バスティの仲間たちは大人なのだ。
「しかたないなあ……」
当人は渋りながらも、やっと立ち上がった。
「あれって王宮の騎士だろ?」
「あんなチビが?」
店の客の勝手な話にアルマの眉がピクリと動いた。
「さあ、早く行こうか」
今度はバスティがアルマを外に連れ出そうとする番である。
「だけど、つええらしいぜ。見たか?」
「ああ、魔力もハンパないし神業みたいな剣技を使うらしい……」
そしてアルマは満更でもない顔になる。
「知り合いなのか。バスティも貴族だなんて……」
「何で冒険者なんてやってんだ?」
「さあな、道楽だろ?」
今度はバスティが渋い顔になる番だ。二人は外に出て、静かな通り歩く。
「貴族だなんてわざわざ言うなよな……」
「王族の男子に、ベルトワーズから令嬢を迎え入れたいとの話があった」
アルマはバスティの話を無視する。腹に据えかねていたが、未だ誰もが説教しない話題だ。
「そうなのか?」
「そうだっ! 全てぶち壊しだ」
「それは悪かった。俺の親父は何も言ってなかったけど……」
「ふんっ! 呑気なヤツめ。とんだ道楽息子だな。バスティは」
「……」
「まあ、父は笑っていた。さすがはダヴィの息子だと言ってな」
ダヴィはバスティの父親、オッフェンバック・ダヴィッドの愛称である。
「まずかったの?」
「今更なにを言うかっ!」
アルマはそう言ってからため息をつく。父上が言っていた、バスティくらい好きに生きさせてもよいではないか、を思い出す。オッフェンバック卿は苦笑いして頭を掻いていた。
「飛んで行くぞ」
「地上の方が目立たないって」
「目立つために飛ぶのだ。高貴な者が地上から押し入っては示しが付かん!」
「押し入るってなんだよ……」
街を出てから、二人は夜空に舞い上がりブランシャール邸を目指した。
「なんの騒ぎだ?」
「だから空からと言った」
ブランシャール邸の前にはおびただしい数の松明、魔導の明かりが見えた。まるで怒れる民衆が、愚鈍な貴族の邸宅に押し寄せているようにも見える。しかしそうではない。
「あれは配下の冒険者たちか? なぜ?」
「その為に我らが来た」
行けば分かるとばかりにアルマは説明を省く。
「下僕として私に付き従え」
「はい、はい……」
二階の中央部分に一際大きなバルコニーがあり、明かりがついていた。そこが主の部屋だ。
アルマは手をかざして魔導障壁を展開した。まとまりきらない魔力が、まるで帯のように後方に流れる。アルマは制御が不得意であった。
「お、おいっ!」
「ハデにやろうではないか!」
下で見上げている冒険者たちには、まるで流れ星が部屋に突っ込んだように見えるであろう。
その流星は、そのまま屋敷の窓をぶち破る。




