7:恋愛トーク
「嵐が去ったな。」
俺は、先程までいたローゼマリー、エレオノールのことをそう形容した。
初見はローゼマリーが1番の嵐に見えるが、実際はエレオノールの方がアップダウンが激しく、竜巻に入ったかのように目が回ってしまう。ような気がする。
「リュドミール、帰ってきた時から俺はずっと気になっていたんだが、一つ質問いいか?」
そうカストルが言った。
カストルだけは俺を名前呼びする。歳も近いし、王子の付き人歴はエレオノールと同じだが、王子の友達歴は物事の分別がついていない頃だからな。
学校に行っている人達はそういうの、腐れ縁だとか言うんだろうか? いい縁を持ってて素晴らしいと言うのにな。
まあ言葉のアヤだろうけど。
「なんだ? 帰ってきた時からって。」
「ごめん二つだったわ。どうやってあの子と知り合ったのかってーのと、どうやってこの城抜け出したかだ。」
「私も気になりますね。何せこの私の授業を、逃げ出してまで捕まえた女性ですしね。」
「その節は申し訳ないと思ってるよ、ロルフ。」
ロルフはカストルより長くここにいる。というか、血縁関係だ。
俺の祖母の弟がアゼリアを離れ、ボルト家を作り出したので、そこそこ近い親戚だ。
そんな中、いつからロルフがここに来たか、というと。
ロルフの母親は俺の母さんと仲が良く、家に遊びに来ていたりしたらしい。
俺が生まれるずっと前かららしい。しかし、ボルト家もそうそう上手くいかず、急な飢饉や沢山の損害を受け、今も復興中だ。
そんな大変な中、ロルフの母親がアゼリアにロルフを託し、不自由ない生活が送れるようにと、俺が生まれる一年前に来たと聞いている。
だから、カストルが幼なじみで、ロルフは兄みたいな感じだ。
そしてこいつらは、昔から顔に似合わず恋愛話が好きだった。
俺が同年代の少女と話していたら
「彼女か!? あんな可愛い子がか!?」
と、いつも尋問にあっていた。もちろん、両方から時間を変えて、だ。
2人で真相を聞き出そうと計画して、どちらかにしか言わない情報もあるだろう、と子供ながらに考えて行動していたらしい。
そんな昔のことを思い出しながら、話さなきゃいけないか、と怒られる腹を括って脱走のことから話し出した。
「まずは、授業を逃げ出した件についてでいいだろ?」
「俺らとしてはフローレンスの話が聞きたい。」
「でもその話からだ。まあ、勉強するのが嫌で逃げ出したってのが理由だって。それで、街に出てお菓子を買ったりして裏から帰ってこようと思っていたんだが。」
「でも、今日は開放日だから、結構厳重に警備していたと思うんだよなー。どうやって逃げだしたんだ?」
カストルは、さらさらっと紙に城の図を描き、赤いペンを俺に押し付けた。
そういえば、あいつは絵がかなり上手いんだよな。
途中までカストルが通っていた学校で描いた作品は、国の賞を貰ったことがあると聞いたことがある。
そんなわかりやすい城の略図に、俺は脱走経路を書き出した。
あまり知らせたくはなかったが、怪我をした以上このルートはもう使い道にならない。
「まず俺が休憩していたのは自室。だからこのへん。その窓からここまで飛び移る。んで、この家の屋根が比較的平らだから、そこに向かう。そしたらその辺に木があるから、木をクッションにしてジャンプする。そうすると出られる、って算段だ。」
経由したところに赤で丸を付けながら、経路を矢印で示しながら話した。
「あー、ここ、死角なんだな。確かに警備も薄いと思っていたところだ。強化しとくように伝えるわ。」
「しかし、これで怪我するとは、どこに計算違いがあったのか、私には到底わかりませんね。」
「それはロルフの運動能力だろ。俺とは格が違うからな?」
「それで、どこでそんな怪我が起きたんだ?」
カストルが傷を見ながらそう言った。
「途中まではひじょーーに良かったんだよ。特に屋根あたり。珍しく着地に成功して、楽に出られると思ったんだ。」
「尚更、どこで怪我するのか気になりますね。」
「最後だよ最後。木をクッションにしよう、っていつもの計画だったんだが、調子が悪かったのか、あまりしっかり支えられなくてな。」
「ふーん。調子が悪いってあれだろ?」
カストルが欠伸をしながら、俺に指を指してビシッと言った。
「ズバリ、フローレンスが見えたんだろ。」
「なるほど、フローレンスさんに目を奪われて失敗してしまった。という訳ですね。納得です。なるほどなるほど。」
ちげーよ! と、否定しようとしたが、そうもいかない。
半分合っているからな。本当に調子が悪かったってのが半分。
もう半分は、木から遠くあまりよく見えなかったが、スラムに入ろうとする女性の人影がチラついたからだ。
普段なら、俺はそんなこと絶対しないというのに、今日は何故だか動いてしまった。
まあ、結果的に彼女に見惚れたというのが正しいのだろうか。
「まー、そーゆーことにしておいてやるよ。でもフローレンスが医者で助かったよ。結構危なかったし。」
何も起こってないで済むレベルではない怪我だったからな。
今もかなり痛むし、今こうして喋っているのも大変だ。
フローレンスが帰ってきてからにでも、薬をもらっておこう。
安静にしておくのが良さそうなほどだ。
「へー。そんな出会いだったんだ。フローレンス、こんな馬鹿に優しいな。」
「馬鹿って言うな。」
「そうだぞ、カストル。愚者ぐらいにしとくのが良い。」
「どっちも変わらんぞ。」
今日のフローレンスのおかげ(?)で、怪我を負ったので、脱走は少しの間、お休みせねばならなくなってしまった。
……こんな話をしていると皮肉にも分かってくるが、どうにも俺は、フローレンスに惹かれているみたいだ。
この2人に悟られる訳にはいかないが。
ただ、如何せん俺も恋愛経験が全くなく、先程のハグも躊躇してしまった。
でも、ハグって普通、付き合ってからとかじゃないのか? 同性はともかく、2人とも自然にやっていたが。
少し書庫に行って恋愛指南書みたいなのがないか、探してこなければならないな。
「それで、どうする気なんだ?」
ロルフが俺の顔を覗き込み、少女のような目で俺を見つめた。
どんだけ恋愛談が好きなんだ、こいつは……。
「そうだぞ。いつ告白するんだ?」
気が早い2人の質問攻めは続きそうだが、この段階で彼女に俺の感情がバレてしまうのは、彼女にとっても俺にとっても少しばかり不利益が生じる。
というか、そもそもフローレンスが俺を好きとは限らないからな。
まだ知り合って数時間だ。もっと時間をかけて、俺に惚れさせたい、なんて少し強欲だろうか?
これまで目標もなく、用意された標識通りに行動してきた俺は、初めての自分で決めた目標に、少しの昂りと決意を感じた。
カストルもレオンも幼少期書きたいですね。めちゃくちゃ可愛いんですよ。留守番メンバーのお話は今回はここまでですかね。そろそろ脱線やめて合流させないと。笑
次回は疲れ切ったフローレンスが帰ってきてご飯食べます。おなかすいた。