6:職場到達
シェフに頭を下げ、食堂をあとにした私たちは、私の職場へ向かっていました。
「部屋巡りより、こっちがメインだったの忘れてた! はい、まずはここ! フローレンスはずっといるかもしれないのかな? ここが医務室でーす! ベッドも15台! 器具はある程度はあるというお買い得物件!」
「わ、これはすごい……!」
the 医務室。小児科みたいな雰囲気は毛頭なく、真っ白で統一された医務室。
村の病院はもっと暖色系のものが多くて、白と言えば、先生の白衣と、マスクと、ガーゼと、包帯と、と言うくらいで、ベッドや壁なんかは全く白ではありませんでした。
それに比べたら、いくら王城の医務室で、衛生に配慮しないといけないとはいえ、殺風景に見えてしまいました。
どうにかして改造しようと部屋をぐるぐると回っていると、薬品棚ががたがたと動き出しました。
こんな夕方から、ポルターガイスト現象でしょうか?
薬瓶が倒れそうなので慌てて棚に近づき、扉に手をかけたところ、触れたところが青く光り始めました。
「あっ! あたしが説明しようとしたのに、勝手にやっちゃってるじゃん!」
「えっと、これはどういうことかな?」
青い光が黄色に変わると、薬品棚が右方向へスライドし、地下へと続く階段が出てきました。
「まあ、入ってみたら分かるぞ。」
かつての(初めてあった時の)様な、落ち着いた口調でエレオノールさんは言いました。
階段を恐る恐る降りてみると、王子の部屋の仕切りを全部取り払ったくらいの大きさの、研究所のような部屋がありました。
かつての医師が残したものか、手記が机にばらまかれていて、興味深いものもいくつかありました。
「ここがフローレンスの研究室、薬の調合だったり、投与実験だったりはこっちで行うよ!」
「すごいけど、これ全部私のになるの?」
「そうだぞ? なんて言ったって宮廷医師だからな。」
私が指さした先は、膨大な数の本です。部屋の半分は本で埋め尽くされています。
ミラから少し遠い街の図書館で見た医学のコーナーの、何倍もの本が並んでいるのを見て、国の中心ってすごいなあ。なんて、素直に感心しました。
ふと目をやると、本棚の一角にマリーがいました。
「どうしたの? なんかあった?」
そう声をかけると、マリーは床が割れんとばかりの勢いで地面を踏みつけました。
あまりに突然、こんな行動をしたので唖然としていると、がたがたと、また何かが動く音がしました。
「フローレンス、覚えてよね? ここを、今ぐらいじゃなくてもいいけど強く踏みつけると……。」
作業机の隣の何も置いていない無いスペースに、扉が現れました。
階段はなく、そのまま進むと、隠し部屋の隠し部屋がありました。
「……。これも、私の?」
「もちろんだよ? だって宮廷医師だし!」
隠し部屋の隠し部屋は、書庫になっていました。
この部屋にある本を全て読み、理解しようというのなら、一生を掛けても、いや、不老不死あたりにならないと、読み切れないかもしれないほどの本に、圧倒されました。
先程の隠し部屋にあった本は、どちらかと言うと図録、比較的有名な著書が並んでいました。
しかしこの隠し部屋は、初めて聞く名前の本や、出版数の限られたレアな本が多く、より詳しく調べるための資料室のようでした。
「いつ見てもこの部屋はすごいな……。」
エレオノールさんはぐるぐると回りながらそう呟きました。
「今日からこれがフローレンスの拠点なんだな、なんて思うと、あったばかりだと言うのに、少し嬉しいよ。」
「あ、フローレンス。ここに篭もりっぱなしになっちゃダメだよ? 根詰めて作業します、って言うなら事前に言っておかないと食事置いてくれないし、何より会いに行きづらいから!」
「分かってますよ、マリー。そんなことないと思いますから!」
「そう言って、趣味は読書なんでしょ? きっと。読みふけってそのまま、とか今まであったんじゃない?」
「う、ご明察で……。」
フローレンス・スタンリー、趣味は読書です。
特に村に遊ぶものなんかはなかったので、村長さんの家にある本をずっと読んでいました。
村長さんの家の本を全て読みあさり、3周目に突入しようとした所で、声をかけていただき、図書館の場所を教えられました。
そんなことを続けている間に、どんどん読むスピードも早くなり、今では人よりかは早くなったと思います。
「本の読みすぎでここに閉じこもるの禁止! あと、ご飯抜くのも禁止! それから、目が悪くなるのもダメ!」
「はいはい、わかってますよー。」
そうは言いますけれど、これは宝の山ですよ?
見れば心を掴まれて離さない、宝石やアクセサリーなんかと同じ価値のある、貴重な本です。
これは夜通し、読まずにはいられない。なんて、本好きの血が少し騒ぎます。
マリーやエレオノールさんに、変な心配をかけさせる訳にはいかないので、一度に5冊ほど自室に持って行って読書しましょうか。
娯楽の読書、と言うよりかは完全に勉強ですが。
「これ、全部覚えられたら凄いよなぁ……。」
小声で目標を呟くと、隣にいたエレオノールさんが少し考えて、こう言いました。
「いつだったかは思い出せないが、この家の医師に天才がいたみたいだぞ? なんでも、蔵書は全て暗記、この宮廷の医師になってからは手術や手当にミスは1度もなかったようだ。」
「そ、それはすごいですね。ちなみにお名前って分かるのですか?」
「多分、そこに散乱した紙類に論文があると思うんだ。そこに名前は書いてあるんじゃないか? 宮廷医師を辞めてはいるが、小さな村でまだ医師をやっている、という噂は国王様から聞いたが。」
後で片付けがてら、論文を探し出して名前を知ろう。そうしたら、彼または彼女の様になれるように努力しましょう。
私の目標その1は功績を讃えられることですが、その2、その人に近づき、出来れば超えること、なんて目標が増えました。
「フローレンス、今何時? さっき腕時計部屋に置いてきちゃって。」
マリーからの要望で時計を見ると、17:55となっていました。
「や、やばいかも。18:00までに部屋って言ってたのに、もう55分になってる……。王子の部屋からここまで何分くらいかな?」
「ざっと15分くらいか?」
「それもう遅れるの確定だ……。もうゆっくり行こう。」
「いや、走れば5分で着くんじゃないか?」
「そうだよ! あたし近道知ってるからそこ走っていこうよ!」
「えっ、走るの?」
「考えている間にも、時間は刻一刻と過ぎます。それなら走り出した方がよろしいかと!」
エレオノールさんは食堂に行くときよりも、スピードを落として走り出しました。
「ほら、行くよ!」
「……もう、逃げられないね。」
マリーから私に向けられた左手に右手で応え、本日二回目の猛ダッシュに覚悟を決めました。
前々回に比べたら短いですが、まさかの医務室単体で話が終わってしまいました。走り出したので次は留守番組ですよ〜〜!
そんなことよりも、主人公描写より他の子の方が描写多いって言う事実。
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