彼女は、私が思うよりもずっと渡くんの事を思っているのかもしれない…、しかし、彼からでた言葉は―――
いや…いやいやいや、待って待って待ってっ!いきなり?! え?いきなりそんなに行けるものなの?! そもそも工藤さんって、渡くんの何を知ってそんな事が言えるの?! ああ、だ…だめだ…!頭の中がごちゃごちゃする…っ!
―――心臓が、バカみたいに脈打ってるっ!
わ、渡くんはなんて、何て言うのかな?! なんだろう?まるで自分を冷静に見れないっ……! 頭が…? 違う、もっとこう……そうだ―――
――――心が追い付かないんだ。
静まり返った視聴覚室、二人に注がれる視線。工藤さんから発せられた言葉、そしてそれに対しての…彼の言葉を聞くのが、無性に怖いっ!
(なんで、こんな事を思うんだろ? 考えるんだろ?)
それでも、現実は動いていく。渡くんの口が…動く…!
「えっ……と……」
工藤さんは、目をギュッと閉じて…彼の言葉を待っている。ひょっとしたら、さっきの発言は、工藤さん本人も予想外だったのではないか? そんな事さえ思わせるほど、耳まで真っ赤になり、小さく震えている―――。
彼女は、私が思うよりもずっと渡くんの事を思っているのかもしれない…、しかし、彼からでた言葉は―――
「ごめん……」
瞬間――
ざわつき始めるクラスメイト、下を向いたままの工藤さん…、気まづそうにしている渡くん…そんな二人を見て、私は……どうしたら良いのかわからない。工藤さんに、渡くんにかける言葉はどれが正解なのだろうか?
人と関わろうとしてこなかった私には、何も思い付けなかった。と、工藤さんが口を開く。
「……はは、ははは…だ、だよね~いきなりコイツなんなんだって、…話だよね~…」
彼女は、罰が悪そうに頭の後ろをわざとらしくかきながら言う。
「えっと…」
渡くんが、何か言おうとするが、それを遮るように工藤さんは言葉を繋ぐ。
「あーっ…!えっと…私…………っ!」
彼女は言葉の途中で視聴覚室から飛び出してしまう。
「あかねっ!」
すぐに彼女の友人が後を追って駆け出した。ざわつくクラスメイトを委員長の高橋さんがまとめていく。渡くんは、私に「中庭で待ってる」と言うと、歩いていってしまった。
その後は、私も皆と一緒に劇の練習をして過ごしたが、頭の中は、目の前で起きた出来事でいっぱいだった。
そして結局、その日工藤さんは戻って来なかった―――。
▽▼▽
放課後、私は渡くんに言われた通り中庭に向かう。彼は一人ベンチに腰掛け、空を見上げていた。
「渡くん…」
私は、彼の名前を呼ぶ。あんな事があった後だから、どう話せば良いのかわからない…彼はゆっくりとこちらに顔を向けて、気まずそうに笑いながら軽く手をあげた。私は、そのまま彼の隣に腰かける。
少しだけ沈黙が続いて、渡くんがゆっくりと喋り始めた。
「いやぁ…あせったよね…」
「あー、うん…」
気のきいた台詞が出てこない。この状態にもどかしい気持ちになる。
(彼は、私がひとりぼっちの時に話をしてくれていたのに…)
「まさかコクられるとは……」
「うん…」
「いやさ、本当はあの時、視聴覚室行ったのって宇佐の様子を見る為だったんだよね」
「私の?」
「うん、最近あんま話せなかったし、クラスに1人ぼっちみたいに、なってないかな?って、たぶん大丈夫だとは思ったんだけど…なんか、俺が勝手に気になってさ…」
「そう…なんだ…」
(じゃあ、今日の出来事は私のせい…なのだろうか…?)
私がそんな事を考えていると、渡くんが私の顔を覗き込んでいることに気づく
「わっ…! ちかっ!」
「ははは、今さ、今日あんな事があったのは自分せい、みたいに考えてなかった?」
「な…っ! なんで、わかっ…!」
「いや、なんとなく、そんな顔してた」
「ど、どんな顔よ…っ!」
「そんな顔っ!」
渡くんが両手で私の頬をムニッと包む。
「―――っ?!」
「はははは」
「も、もう!」
私は恥ずかしくて慌てて顔をその手から離した。彼はいたずらに笑って、落ち着くと
「今日のは、宇佐のせいじゃないから」
「え?」
「たぶん、こうなるようになってたんだよ…」
そう言って、少しだけうつ向いてすぐに顔をあげた。
「あーっ、でもあの子には悪い事したなー…あそこで断らなくても良かったなって…今、ちょっと後悔してんだよね…」
「え?じゃ、じゃあ、付き合うの…?」
「へ? いやいや、そうじゃないよ、あそこって宇佐のクラスメイト殆どいたじゃん? でも、俺もいきなりだったから全然頭回んなくてさ、あそこで俺が断ったの、あそこの人間は皆知っちゃうわけじゃん? だから…別の所で言えてればなぁ…みたいな」
渡くんのその台詞に、私は思った言葉がそのまま口から出る。
「スゴいなぁ…」
「え?」
「渡くんはすごいね、私はたぶんあんな事が起きたら、何も考えられなくて、きっとごちゃごちゃしたままになって…、相手までは思いやれないかも知れないわ…」
そういう私に、渡くんは笑って
「はは、どうだろう…でも、たぶん宇佐はなんやかんや相手を思いやると思うよ」
「そうかな…?」
「そうだよ」
それから、渡くんは「はぁ~っ」と勢いよく息を吐くと、立ち上がり私の方を見て、
「宇佐に話したら、ちょっとスッキリした! 本当は話を聞くつもりだったんだけど、逆に聞いてもらっちゃったな! ありがとう」
そう言った。私は、彼の笑顔を見て…言葉なんかまとめなくても、気の聞いた台詞なんかなくても、隣に座っているだけでも人の力になれるんだなって…初めて気づいた。