すげぇ……めっちゃ町見えんじゃん
「ちょっ…! ちょっとこっちに来て」
私は咄嗟に彼の腕をつかみ、クラスの外へと出ていく。クラスから出ると、ガヤガヤと皆が何か話しているのが聞こえたが、今はそれどころではない。てか、コイツ空気読めなすぎるでしょ…っ!
私はそのまま彼を引っ張り、屋上へと上がった。と、午後の授業のチャイムがなる。
「……本当、最悪…」
私はこのかた、授業をボイコット等したことがなかった。が、今初めてそれをしてしまったのだ。この、能天気な男のせいで…!私は怒りに任せて彼を捲し立てる。
「ねぇ、なんのつもり? あんな時にあんな事言って…! 入ってくる時に、なにも思わなかったわけ!?」
怒りに怒る私に、彼は言う。
「あー、おまえがあの三人に何か言われてたから?」
「は?気づいてたの? なら、尚更なんで…」
私が意見を言うのを遮るように、彼は言った。
「えー、だってアンタ泣きそうだったじゃん」
「は?…貴方、何時から聞いてたの?」
「『なんでこんな事するの?』の辺りから?」
「それ殆ど初めからじゃないのっ! 知っててあんな事言ったわけ?!……信じられない…」
コイツは、私がいじめられていて友達がいないのを知って、尚の事それをクラスの皆に印象づけるように言ったと言うことだ。そんな事を思う私をよそに、彼は屋上の端の方まで歩いて行き
「すげぇ……めっちゃ町見えんじゃん」
とか言っている。
「ねぇ、本当にどういうつもりなの?! 私が友達いないの知って、なんであんな…!」
「いらないんだろ、友達」
「…は?」
「アンタが言ったんじゃん。友達とか必要ないって、だからあそこにいる奴らにどう思われようと、気にしなきゃいいじゃん」
「はぁっ?! それとこれとは話は別でしょ! それに、この後どうすんのよ! 戻りづらくなったじゃないの!」
「いいんじゃね? あんな所、戻んなくても」
「え?は?…」
意味がわからない…この人は何を考えているの? 戻らなくて良い?そんなわけない…
「俺さ、嫌いなんだよね」
「……なにがよ?」
「ああ言うの、1人によってたかって、どうのこうのってさ。ダサくね?」
―――カチンときた。
「ダサいのはおまえだっ! 何? 助けたつもり? そんなの頼んでないっ! 偽善を押し付けないでっ! 私を勝手に惨めにするなっ!!」
私の怒鳴り声に、彼は面食らった顔をする。でも、そんな事知った事じゃない…!
「私、今からでも授業行くから」
私は屋上のドアをあける。視界の端に写った彼は、頭の後ろをかきながら、罰が悪そうにして、そこに立っていた。
▽▼▽
それから、クラスの前に戻ると先生が授業を進めている声が聞こえてきた。
「入り…辛いわね…」
どうするべきか?何せ初めての経験だ、今クラスに戻って良いものだろうか?でも、どんな顔をして?考えた結果…私は中庭のベンチへと来てしまっていた…。
「はぁ~…」
溜め息をついて、空を見上げる。そう言えば、アイツも毎日空を見上げていたな…
「なんでわざわざ中庭なんかで空見てんのかしら…? アイツ…」
アイツがした事を振り替えると、また頭に血が昇る気がする。
「でも…」
アイツが来たおかげで、私はあの人達の前で泣かないですんだのではないだろうか?…実は私は寂しいのか…?自分では気づかないだけで、周りの人達を気にしていたって事なんだろうか…ちょっと、言い過ぎたかもしれない。彼は良かれと思ってしたのかもしれないし…。
「でも謝りたくないなぁ~…はぁ…」
私は頭を抱える。と、
「おー、いたいた」
「え…」
「いや、何て言うか、さっきは悪かったかなと思ってさ…」
彼はわざわざ私を探したのだろうか?
「なんでココに来たのよ…」
さっき思っていたのとは違った言葉が出てきてしまう。
「え?いや、謝ろうと思ってさ」
素直になるのって難しい…。
「なんでよ…?」
「いや、なんつーか、確かに空気読めてなかったなーって、でもさ、一つ分かって欲しいことがあるんだ」
「なによ…?」
「あのまま、アンタがどうこう言われてるの見てるだけって、俺はなんか違うだろって思ってさ…だからあんな、その…やり方間違えちまったけど…えーと…だから、兎に角ごめん!」
彼は私の前まで歩いてくると、手を合わせて頭を下げた。
「別に…もういいわよ、授業さぼっちゃったし」
「あー…それもすまん!…てか、連れ出したのアンタじゃん!」
言われて気づく。確かにそうだ…あの時出ていったのは私の方で、彼は別に連れ出そうとかはしていなかったような…私が、そんな事を考えいると
「ご・め・ん・な・さ・い は?」
「はーっ?!」
「いや、悪いこと言ったらごめんなさいでしょ」
「コイツ…っ!」
「はっはっは! 俺の方が一枚上手な」
彼は笑いながら、私をおちょくる。私は…少し笑いながら、彼を叩くフリをする。
「うおっ、あぶねっ!」
「なんで避けるのよっ!」
「いやいやいや、当たったら痛いじゃん!」
―――彼は変なヤツだ。あんな事があったのに、コイツと話をしていると、それすらも忘れてしまう時間ができる。私達は気づいたら、二人でベンチに座り、その授業が終わるまで…他愛ない話をしていた。
「なぁ、おまえこの後どうすんの?」
「知らないわ。たぶん、普通に授業に戻ると思うけれど…」
「ふーん、そっか。ま、またアイツらになんか言われたら俺に言えよ、愚痴くらい聞いてやっからさ」
「ふふ…」
私は彼の言葉に少しだけ笑う。
「なんだよー、人が気にしてやってんのに!」
「なんでもないわよ」
そう言って見上げた空は、いつも通りただ青いのに…うまく言えないけれど、なんと言うか…とても清々しいような、そんな不思議な気分にさせる空だった。