幼馴染みとすれ違い
ピピピピ!ピピピピ!
目覚まし時計の音が耳に響き渡る。その音を聞き目が覚めた少年は、手を伸ばし鳴り響く目覚まし時計を止め時間を見る。
時刻は午前七時十分
おかしい。少年は、いつも七時四十分に目覚ましを掛けていたはずだった。
時計の針は変わらず、一定のはやさで進んでいく。故障してるわけではないはずだ。
となれば誰かが時計を弄ったのだろうか。
その考えが頭によぎったとき、彼は誰がやったのかすぐにわかった。あいつしかいないだろうと
答えが分かりほっとした少年は、また布団にくるまり、二度寝をしようとする。なぜか目覚ましをかけずに
するとそれを見通してか否か、部屋の扉がおもいっきり開く音がした
「起きてるよね、悠」
二度寝しようとしていた少年に向けて、やってきた一人の女の子が話しかける。悠と呼ばれた彼、山下悠大は女の子の方を見た。
赤茶色の髪を胸の辺りまでまで伸ばし、制服を着た黒い瞳の少女。間違いなく、彼女が目覚ましを弄ったのだと悠大は確信した。
「お、おはよう綾」
さっきからムッとした表情で、こちらを見ていた彼女に悠大はご機嫌を取るかのように、恐る恐る話す。きっと二度寝をする事を予想していたのだろう
「うん、おはよ。朝御飯出来てるから早く着替えて来てね」
それだけ言うと彼女はドアを閉め去っていった。まったく、お節介だ
彼女は幼馴染みの涼風綾楓
家が近いこともあり幼い頃から一緒にいることが多かった。そのため高校生になっても悠大と彼女は仲が良かった。
ただ綾楓は少し世話焼きな性格だった。それが良いときもあれば悪いときもあり指摘しずらい
今日来たのも、悠大の両親が出張で今日から一週間不在なため、代わりに家事をやってくれる事になっていた
それ自体は大変ありがたいことではあるが、もう少し寝かせてほしいと思った。とはいえ来たときにすぐには起こさず寝かしてくれたのは、彼女なりの優しさだろうか
悠大は複雑な気持ちでかけてあった制服を手に取り着替えることにした
着替えを終え一階に降りると、テーブルに朝食が置かれ綾楓が座って待っていた
「ほらはやく食べよ」
「別に待たなくていいっていつも言ってるだろ」
「ダメ、ご飯はちゃんとみんなで食べなくちゃ」
律儀な性格だなぁと思い悠大は椅子を引き腰を下ろす
テーブルにはご飯に味噌汁、焼き魚とごく一般的な朝食が置かれている
いつもは、もう少し遅い時間に起きるのもあり、手軽にはやく食べれるパン派だが、それを言ったとき私はご飯派なのと強く言われたためそれ以降反論はしなかった
まぁたまにはこれもいいだろう、時間にも余裕があるし
「いただきます」
「いただきます」
綾楓が手を合わせそう言うと悠大も同じく繰り返す
その後箸を手に取り悠大は朝食を食べはじめる
綾楓はよくこうやって作ってくれたり、自分の家でも家事を手伝っているらしく料理の腕前は人並み以上だった
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
朝食を食べ終えた二人は、自分が食べた食器を片付ける
その後戸締まりをしたかを確認してから外へ出る
「さっ、行こ」
先に家から出た綾楓は、両手で鞄を前に持ちこちらを振り向く。悠大は家の鍵を閉めてから綾楓の方へ向かう
二人は学校へと歩き出す
「今日から私たち二年生ね」
歩きながら綾楓は言う
そう、今日から新学期。高校二年生になる。かと言ってなにかが変わるとは思っていなかった
強いて言うならばクラス替えがあることだろうか
「一緒のクラスだといいね」
「別に一緒のクラスにならなくてもいいだろ」
そうじゃなくても顔を会わせる機会は多いのだから
「だってずっとクラス違かったでしょ。そろそろなってもいいんじゃないかなって」
「まぁそれもそうだな」
確かに綾楓の言う通りだった
小中高とずっとおなじ学年、おなじ学校だったが一クラスしかなかった小学校はともかく中学校からはおなじクラスになった事はなかった
これは神様の悪戯なのかたまたまなのかは分からないが
一緒のクラスになりたいという気持ちは確かにあった
歩いて十数分、二人は学校の校門までやってきた
校門にある石で出来た看板には海王高等学校と書かれている
特にこれといった特徴はなく単純に偏差値と家から近い、それだけで決めた普通の学校だ
校門を進み学校内に入ると掲示板に人だかりが出来てることに気づく
皆掲示板に貼ってあるクラス替えの大きな紙を見ていた
「うわ、めんどいな」
この人だかりの中掲示板を見るのは難しい
「私が見てこようか」
悠大のめんどくさそうな表情を見てなのか、綾楓は自分のを見るついでに見てこようかと提案をする
「いやいい、俺が行ってくるわ」
めんどくさいが流石にあの人だかりの中を女の子に任せるのは恥ずかった
「じゃ、頑張って」
綾楓は応援する形でその場で待ち、悠大は掲示板を見るために、人だかりの中へ入っていった
人だかりの中は窮屈で狭かった。やっとの事で掲示板の内容が見えるところまで前進すると、悠大は紙をみる
2年のところを一組二組と見ていく。すると三組に涼風綾楓と書かれた名前があった。次は自分の名前を探す
それはすぐに見つかった。というより近くにあった。そう、綾楓とおなじ三組であった
それさえわかればどうでもいい、と悠大はすぐさまその場を離脱した
「どうだった?」
ずっと待っていたであろう彼女は言う
「俺もお前も三組だってさ」
「そっか、やったね」
綾楓はにっこりと微笑む。幼馴染みとして彼女の笑顔は何度も見てきたがそれでもいつ見ても可愛らしいと思った
その後、眠くなるほど退屈な始業式をやりそれを終えてからは教室に行きクラスでの自己紹介、委員会決めがあった。
昼休みや休み時間一年のときとおなじクラスメイトや新しいクラスメイトともコミュニケーションを取った。だが何故か綾楓は全く話しかけて来ない
中学校以降クラスが一緒の時がなかったのもあって学校では話すことがほとんど無かったのもあるがおなじクラスでもほとんど会話がないのが疑問に思えた
午後になり、今日は早めに帰れるかなと思っていたが予想してなかった小テストがあり結局いつもと同じ時間の帰りになっていた
「終わった終わったー」
悠大は疲れた身体をほぐすために背伸びをする
テストの出来はそこそこといったところだろうか、そこまでいい点ではないとは思うが悪い点でもないはずだ
一息つくと悠大は教室内を見渡す。急いで帰る生徒、新しいクラスメイトとの会話を楽しむ生徒等よくある光景を目にする。
だがそれを見るために見渡したわけではない。ある人物を探していた
見渡す限りいないようだ。先に帰ったのかなと思い昇降口へ向かう
昇降口に向かうとそこには探してた人物がいた。ちょうど下駄箱で靴を履き替えるところだった
「綾」
「悠!?」
悠大が先程まで探していた人物、綾楓を見つけ話しかけると綾楓はびっくりした表情を見せた
「ど、どうしたの……」
「いや、一緒に帰ろうかと思ってさ」
探していた理由はこれだった。せっかく一緒のクラスになったのにほとんど会話がなかったのは寂しい。せめて一緒に帰ろうかと思った
だが期待とは裏腹に綾楓は予想外の言葉を口にした
「ごめん……ちょっと私用事あるから」
それだけ言って綾楓は背を向けすぐさま悠大の元へ離れていく
背を向ける前に見た綾楓の表情はどこか寂しそうな切なそうな顔をしていた
涼風綾楓は走り出した。無我夢中でなにも考えず、なにかから逃げるかのように走る。
「はぁ……はぁ……」
しばらく走ったところで、呼吸が苦しくなり、走るのをやめ近くにあった電柱に左手を置き体を支える。そして右手を胸の辺りにおく。
胸の鼓動が早い、苦しい、なぜなのか。先程悠大に会ってからおかしい。突然話しかけられたとき、頭が真っ白になった。その後避けるかのように彼の元を去ってしまった。
こうなったのもあの出来事が原因だろうか
遡ること数時間前、ちょうどお昼休みの頃だった。午前の授業が終わり作っておいたお弁当を机の上に出す。
「あーやか♪」
そのとき、一人の女の子が話しかけてきた。黄緑色の髪を後ろで結びポニーテールにした少女が
「あぁ、若葉」
「また今年も一緒だね、よろしく!」
若葉と呼ばれた女の子は元気に喋る。彼女とは一年生のときもクラスが一緒で、席が近いのもあってよく話す仲のいい友達だった。
「そだね、よろしく」
また一緒、悠大だけでなく若葉とも同じクラスになれて綾楓は嬉しかった
「お、今日のお弁当も美味しそうだねー」
綾楓がお弁当の箱を開くと、若葉は反応を見せる。今日のは少し手を込んで作ったのもあるだろう。
「今日は二人分作ったからね」
「もしかして例の幼馴染みの山下君?確か同じクラスになったんだよね」
「そう、今日から一週間両親が居ないみたいだから私が面倒見てるの」
「大変だねー、あたし幼馴染みとか居ないから全然分かんないや」
「慣れてるから。あいつには私がいないと駄目だし」
悠大にはお節介と言われることがあったが綾楓には関係なかった。いつからかはもう覚えてはいないが小さい頃から悠大の面倒を見ていた。姉のような立場で接していた。
悠大の話をしていたついでに悠大はどうしてるんだろうといる方を見る
すると悠大は女の子と話していた
「あいつ私以外の女の子とも話すんだ……」
「えっ、知らなかったの?」
若葉は思いがけないといった表情で綾楓を見る。
「山下君って言えば二年の中でも結構モテてるんだよ」
「うそ……」
想定外の言葉に綾楓は動揺を隠しきれない。クラスが違ったから、学校内の事はあんまり知らないこともあったが、悠大はそんな事全く言っていなかった
「山下君結構クールでかっこいいしね。あたしもあんな彼氏欲しいなぁ」
若葉は勝手に妄想の世界へ入っていく。幼い頃からいた綾楓にとっては、悠大はめんどくさがりでだらしなくて、そんな感じには思えなかった。
「でも告白されても皆振ってるらしいんだよねえ……やっぱり綾楓と付き合ってるんじゃないかって噂もあるんだよ」
「私は……」
そんなんじゃない、あくまで悠大は幼馴染み、綾楓にとっては弟のようなそんな存在だったはずだ。
だが何故だろうか。このモヤモヤした気持ちは。胸がチクチクする感じは。
嫉妬だろうか。悠大が他の女の子と話している、私だけだと思ってたものが全て壊れる。綾楓が知らない悠大の一面。そんなのがあったことが綾楓はなんだか許せなかった
そんな事があってか、さっき悠大に会ってもまともに顔を見ることが出来なかった。逃げてしまった。
顔を会わせるのが気まずい。あってどう話せばいいだろうか分からない。時間だけが過ぎていく。
ふとまわりを見渡す。そこは見覚えのない住宅街が並んだ場所だった。しまった、無我夢中で走っていて気が付かなかった。これでは完全に迷子だ。
高校生にもなってこれは恥ずかしい。人を見つけてここがどこだかたずねるしかない。そんな時遠くから一つの声が聞こえる。
「綾ーー!」
いきなり自分の名前を言われてびっくりする
知っている。綾楓はその人物の声を、その人物が誰なのかを
綾楓はその声の元へと走る。そこには紺色のツンツンした髪の少年がいた
綾香は思わず叫んだ
「悠!!」
「綾!?良かった!!全く心配させんな」
今の自分の悩みの元凶であり、幼馴染みである悠大がそこにはいた。
「なんでここにいるの」
「お前がずっと帰ってこないからだよ。お前ん家言っても居ないみたいだし。こんな時間までお前が遊び回ってるはずないし、どうせ道に迷ったんだろうと思ってな」
「それひどくない」
「でも実際そうだったんだろ」
「それは……」
否定できない、実際道に迷ったのは確かだ。
そしてさっきの事を思い出すと気まずくて言葉がでなかった。だがその表情が顔に出ていたのか悠大は話を続けた
「でもな、俺はただ心配だったんだ。さっきのお前なんかおかしかったし、どこか具合でも悪いのかと思ってさ」
ちょっぴり照れ臭そうに頭を掻きながら悠大は言う
そういえばこんなやつだった。いつもめんどくさがりでだらしないところがあるけどなんだかんだで私の心配をしてくれる。
そして思い出した。綾楓がなぜ悠大の面倒を見るようになったのかを。
そのときがこんな状況だったことを
幼い頃二人で鬼ごっこをした事があった。その時は綾楓が鬼で悠大を捕まえる事になった。だが悠大は足が早く逆に綾楓は遅かったため追いつけず見失った。
しばらくして綾楓は悠大を見付けることが出来た。だが悠大は泣いていた。
聞いたら綾楓が見当たらないのを知りここがどこか分からないのもあって寂しくなって泣いてたらしい
それからだった
悠大には私がついていないとだめだって
くすっと綾楓は笑う
「おい、なに笑ってんだよ」
「ううんなんでもない」
そうだった。忘れていた。たしかに自分が知らない悠大の一面があるかもしれない。しかし綾楓には自分だけしか知らない悠大の一面を知っている。それだけは誰にも譲れない
だらしなくてめんどくさがりでちょっと弱虫な所がある。それでもそんな悠大が綾楓は好きだったのだ。
そう、好きだったのだ。それがただ幼馴染みである事、友達である事の意味じゃなかったと気付いていなかっただけで
「そんじゃ帰るぞ」
「道わかるの?」
「当たり前だ、馬鹿にすんな」
二人は悠大の家へと歩んでいった
こんな事できるのは幼馴染みだからだったかもしれない、でもこれからはそんな事は関係なく出来るように
幼馴染みから一歩先を踏み出そうと綾楓は思った
新学期がはじまり数日が経った。新学期初日に、綾楓の様子がおかしかった事を除けば、とくに問題はない。いつも通りの普通の生活を過ごしている。
キーンコーン、カーンコーン
放課後のチャイムが聞こえる。それに従い、クラスメイトたちのガヤガヤ騒ぎ声が聞こえる。
その中で一つ悠大に話しかける声がする。
「悠、一緒に帰ろ」
幼馴染みの綾楓が話しかけてきた。
「ん、じゃ行くか」
悠大は席を離れ二人は教室から出る。あれ以降、綾楓は学校でも積極的に話しかけてきた。新学期初日の様子がおかしかったが、心の変化が現れたのだろうか
二人は校舎を出て帰路に行く。隣り合わせで、同じペースで二人は歩く
「今日はおばさんたち帰ってくるんだっけ」
「そうだな」
悠大の両親は今日で出張から帰ってくる。となると、綾楓のお節介が減るがそれはそれで寂しいと悠大は思う。
「じゃ、今日は寄っていけないね……」
「そんなの別に関係ないだろ。家も近いんだし」
「いいの……?」
なにを今さら……と悠大は心の中で思う。幼い頃はしょっちゅう家に来ていたし今さら遠慮することもないはずだ
「そっか……行ってもいいんだ」
綾楓はなぜか嬉しそうな表情を浮かべる。
そして彼女は足の動きを止める。それに気づいた悠大は綾楓の方を振り向く。
「あのさ悠、ちょっと大事な話があるんだ」
綾楓は少し顔を赤らめもじもじしている。トイレにでも行きたいのかと言いたいが、さすがにそれはデリカシーのない言葉なので控える。
そんな事を考えてる悠大を気にせず、綾楓はすーっと息を整え準備が出来たようで話す。
「私ね、こないだまでずっと悠とは幼馴染みで姉弟みたいなもんだと思ってた。でもさ、違うって分かったの。本当は幼馴染みって形から変わりたくなくて逃げてたって。だから私のほんとの気持ちを言うね……」
その言葉の後に綾楓は言葉を濁らせる。その言葉を言うことが辛いような怖いような感じで。
「わ、私、涼風綾楓はあなたの事が、す……好き、です。大好きです。もっとあなたと一緒にいたい。近くにいたい。幼馴染みなんかの関係で終わらせたくない。それくらいあなたのことが大好きです」
その言葉を聞き、悠大は目をぎょっとさせる。幼馴染みであった彼女、一番見慣れた女の子である彼女、自分の全てを見られている彼女。そんな彼女からその言葉を聞けるとは思っていなかった。
だがしかし彼はもやもやしていた。突然髪を掻き乱した。
「あーもう!こんなはずじゃなかったのに!」
「え?」
いきなりの事に綾楓はきょとんとする。そんな彼女を前に悠大は思いを伝える。
「俺もずっと好きだったよ。何度も何度も告白しようか迷ってた。でもお前は全然そんな気無かったし、そんなお前に伝えたらどうなるか怖かったってのに。お前から言うなんて」
そう、彼はずっと綾楓の事を想っていた。幼い頃からずっと。いつも一緒に遊び笑って、泣いて、共に多くの時間を過ごした。そんな彼女だからこそ悠大はいつの間にか好きになっていた。告白を先越されるのは予想外だったが。
「だから俺も一緒にいたい。幼馴染みじゃないその先を行った、恋人になりたい」
「悠……」
すると綾楓は悠大に抱きついて来る。悠大の胸に顔を埋めて。少し泣いているような声で
「もう一緒だから……絶対離さないから」
涙を悠大の制服に擦り付けるように拭いたあとこちらを向き彼女ははにかむ
「だって、悠には私がいないとだめだから」