陰謀論の陰謀
相変わらず『朝日新聞』の「読書」欄がヒドい。「今年度は特に……」、ということになりそうだ。
まず眼につくのがいわゆる「陰謀論」への警戒感なのだが……。
>本書は、いつの時代も跋扈するシモニーニ的なものと、どのように向き合うべきかを問い掛けているのである。(ウンベルト・エーコ著『プラハの墓地』橋本勝雄訳、東京創元社、評・末國善己「陰謀論の嘘にどう向き合うか」『朝日新聞』 2016 年 4 月 3 日.)
>著者は歴史の通説にも挑む。法案成立を決定づけたのは本当に、日本大使が送った抗議書簡だったのか。膨大な資料分析は、議会の裏取引をうかがわせ、書簡自体が米政府の手によるものだった疑いを導く。(蓑原俊洋著『アメリカの排日運動と日米関係 「排日移民法」はなぜ成立したか』朝日選書、評・立野純二「愚かな政策 後世に歴史の汚点」『朝日新聞』 2016 年 4 月 3 日.)
「いつの時代も跋扈するシモニーニ的なもの」──。
「書簡自体が米政府の手によるものだった疑いを導く」──。
ご覧の通り上記書評自体が、「ひとびとの耳に『なになにの陰謀が……』と吹きこむ悪い奴らがいるよ」、という陰謀論になってしまっている。自分で書いていて気がつかないのだろうか?
さて今回から、「5 人の新委員 新企画も」(『朝日新聞』 2016 年 4 月 3 日.)ということなのだそうだ。
それならば委員グループの新陳代謝もあり、柄谷行人のような冷戦末期の鬼軍曹にはご勇退願えるのかと思っていたら、なんと、「★円城塔(作家)」「敬称略・★は新任」(同上.)……。フランス現代思想かぶれの奴が、いまだに新任……。
彼が今回取り上げた本は、エレツ・エイデン、ジャン=バティースト・ミシェル著『カルチャロミクス 文化をビッグデータで計測する』阪本芳久訳、草思社。この「カルチャロミクス」という造語自体が「カルチュラル・スタディーズ」などといったトンデモな学問を連想させ、さらに、いわゆる「アベノミクス」なども連想させ、フランス現代思想隆盛以降の人文諸科学の胡散臭さを強く放ち、笑える。
そして鬼軍曹も健在だ。
他にも、「(詩人・明治大学教授・比較文学)」(同上.)などというふざけた肩書きを持つ中村和恵が、「ブランショ、フッサール、カッシーラー、デリダらとの交友、特にハイデガーへの複雑な思いは重要」(サロモン・マルカ著『評伝レヴィナス 生と痕跡』斎藤慶典ほか訳、慶應義塾大学出版会、評・中村和恵、『朝日新聞』 2016 年 4 月 3 日.)などと書き連ねつつ、レヴィナスの評伝を紹介している。もういい加減、デリダはいいだろう……。一体いつまで、ポストモダンが続くんだよ……。
陰謀論批判こそ陰謀論の常套手段──。
冒頭で確認した現状を踏まえて、その上であえて言わせてもらえば、私はフランス現代思想なんて「多分なんかの陰謀だ」と思っている。たとえば、少し前の同誌同欄から……。
>織田信長は歴史の変革者である。だが日本史学会は今、信長はごくごく普通の戦国大名だったと大合唱している。唯物史観を信奉する人たちは「英雄はいらない」し、手早く成果が欲しい人たちは、とりあえず世間と違うことを言っておこう、というところか。(花村萬月著『完本 信長私記』講談社、志野靖史著『信長の肖像』朝日新聞出版、評・本郷和人「正面から描く力業 内面理解し軽妙に」『朝日新聞』 2016 年 2 月 28 日.)
この評者自身のことはよく判らないが、「唯物史観を信奉する人たちは……」などというレッテル貼りで他者の意見を封殺してしまう態度は、実にフランス現代思想的だ。
ベルリンの壁崩壊は何十年前だ?
ソ連崩壊は何十年前だ?
いつまで「マルクス主義の隠然たる影響力」、吹聴しているつもりなんだ?
現在進行中の大学再編、文系学部切り捨てにしたって、少し穿った点から観れば、フランス現代思想系大学人の「文系学部ってバカなんですよ。いまだにマルクスなんか読んでるバカが、大手をふって歩いてんですよ」という大合唱に、文科省なりなんなりの側で、「あっ、そう。だったらそんなバカ学部自体、さっぱりなくしちゃおうよ」って対応した結果だろう。
まさに、自業自得……。
「フランス現代思想こそ権力の走狗だった」、なんて陰謀論のほうが、むしろ彼らに好意的だというものだ。
オマケに昨今盛り上がっているデモについて一言……。
「SEALDs は民青……」などといった話が出たとき、「ああ、やっぱりな……」という既視感でいっぱいになった。私としては、事実関係そのものよりも、その手の話が出ること自体に関して……。
おそらくいろいろなひとたちが言っていることだろうが、そもそもの火元は、一体どういったひとたちなのだろうか? 容疑者として、上記の「唯物史観を信奉する人たちは……」的発言を延々繰り返すひとたちの名を挙げたとしても、べつに不自然ではないだろうと思う。