序章 69億年に終止符を打った理由
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序章 69億年に終止符を打った理由
空も、風も、土も、生物も、物質も、目に見えないマイクロ単位の微生物も、何も存在しない世界。
辺り一面、ある境目を起点に白と黒が広がる世界。一欠片も色褪せている部分はなく、それ以外は本当に何も存在しないと思われる。
何もないように見える世界、だがそこに二人の異端者は立っていた。
一方は、髪の色は誰が見ても間違えない黒、黒のマントを羽織り、黒のグローブを両手に嵌め、金具の部分まで黒いブーツを履いている。
この世の者とは思えないそんな絶世の美青年は、腕組をして呆れた溜息を吐きながら、目の前にいる人物を眺めていた。
「どういうつもりなんだ? 此処を出て彼方側に行くだって!? 正気の沙汰だとは思えないね!」
呆れるというよりかは怒っているという態度に近いかもしれない。
とにかく黒マントを羽織った彼はそう言ったのだ。
「ああ、そうだ。僕は彼方側に行くんだ」
平凡な顔付きに平凡な黒髪をした、まあ強いて言うなれば少し顔が格好いいだけの、一見すればただの男子高校生らしき服装をした少年は軽い調子でそう言う。
「どうして!? 何故? 明確な理由を示してくれるんだよね?」
彼は平凡顔の少年に詰め寄る。
「いや、まあ、社会勉強……的な?」
黒髪の彼の目が細くなった。適当な返答にこういう目つきをするしかないのだ。
平凡顔の少年は額に一筋の汗を流しながら、目をあらぬ方向に向ける。
「それが、そんな事が、六九億年の君の歴史に終止符を打つ理由だって言うのかい? 残念だけど、それでは行かせられないよ」
「待て待てワトシン君、たかだか社会勉強をしに彼方側に行くって言っただけだろ? 何で六九億年に終止符を打つなんて解釈に至るんだよ!?」
あたふたとしながらも、平凡顔の少年は必死の弁論を図る。
「ああ、確かに六九億年に終止符を打つ事にはならないだろう。でも……そんな小学校の社会見学に行くような理由で行かせる訳には行かないんだ」
手を振りながら、話にならないと言った素振りを見せる黒髪の彼。
「どうせ此処にいても何もする事がないだろうが、ワトシン君」
「さっきから気になっていたけれど、ワトシン君とは何だい? 私の名前はそんなどっかの映画で出てきそうな名前ではない!」
「映画とか言っている時点で、ワトシン君も彼方側に興味があるって事じゃないか! なあいいだろ? お願いだ」
溜息を吐きながら、じと目で平凡顔の少年を見つめていた黒髪の彼だったのだが、また両手を振りながら、
「だとしても、さっきから言っているが、そんな理由では行かせられないな」
ぐぬぬっと歯軋りをしながら、恨めしそうに黒髪の彼を睨む平凡顔の少年。
「分かった! 分かったよ! 明確なコンセプトを示そうではないか……えーっと、まず
戸籍とかいうのを作ってー、住居を取得、そして、そしてそして、高校に通う!! どうだ!」
少年が自信満々にそう言っている間、永遠冷たい目線を向けてくる人物が一人。
黒髪の彼は少し恐ろしい顔をしながら、平凡顔の少年に顔を近づけた。
決定的な最大問題について聞かなくてはいけない。
「高校って……君はどうやってそこに入学するつもりなんだ?」
マントの中から、徐に取り出した何かの資料を見ながら、黒髪の彼は質問する。
「あーそれは調べたぞ。えーっと、何か編入試験なるモノを受けて合格すれば良いらしい」
「そういう事じゃなくて、一体どこの高校に入学するのか聞いているんだ。まさか、此処に載っている、第一等聖死神高校だとか、神聖魔術科高校だとかじゃないよね?」
「そんな訳ないだろ! ごくごく普通の高校に通うんだ」
そこで始めて、彼は根負けしたように短い息を吐いた。
「分かったよ、もう理由はそれでいい……でも、でもだよ……一体、『あの娘』にはどう説明するんだ?」
その質問を受けた時、始めて確実に少年の顔が本当に痛い所を突かれた苦しそうな引きつったモノへと変貌した。
黒髪の彼が言う『あの娘』の存在が、どれ程危険かを、二人の顔が物語っている。
「それはまあ何とか……頑張ってくれたまえ、ワトシン君」
今までの威勢はどこ吹く風なのかという、とても曖昧な返事を返す少年。
怒りの表情を顕にする黒髪の彼。
「はああ!? 頑張るもなにも、結局私が八つ裂きにされる未来しか見えないのだけど!?!!」
怒鳴りながら凄まじい剣幕で睨みつける。
「うっ。頼むよ、ホント。僕はどうしても行きたいんだ!!」
顔を地面というか黒い何かに擦りつけながら、必死の形相、言わば潤んだ目つきで上目遣いに見上げて頼むのである。
だが、黒髪の彼はあくまで酷薄な顔で見下ろす。
「毎回思うんだけど、それ、君がやると途轍もなく気持ち悪いよ……分かった。仕方ない、許可するよ。でも、いくつか条件がある」
「勿論だ! 何でも甘んじて受けようではないか、ワトシン君!」
その喜びに満ちた少年の目を、鬱陶しそうに流しながら、ただただ黒の世界が続いているだけの遠く彼方を見つめながら、少し真剣な顔をして話し始める。
「まず一つ。決して『あの娘』を悲しませる行動、というより結果を齎さない事。君は彼方側では不死身じゃないんだからね」
「勿論だ……違う意味で殺されてしまう」
どんよりとした返事をする少年。
「二つ目。どうせ君の事だから、彼方側で何かしてしまうんだろうけど、決して世界の秩序は乱さないように」
「それは大丈夫だ。ただの一般人としての生活をするつもりだから」
彼はそこまで言って一泊置いた。
いつにもなく真剣な顔になって座り込んでいる少年を指さした。
「最後に一つ。絶対に一人は眷属を見つける事。いいね?」
「うっ……それは……何とかします」
最後の条件に口篭ってしまう少年。
「よろしい。ならさっさと始めるよ……君も分かっていると思うけど、このゲートを一回やったら、次に開けるのは一億年後だからね」
「ああ、それは理解しているさ、ワトシン君」
少年は立ち上がった。その目には一切の迷いがない。
黒髪の彼は右手を上へと翳した。
空間が歪んだ。
いや少年の視界が歪んだ。
「それと、もしも何か戦闘が必要になったなら、僕が力を貸すから呼ぶんだ。地上じゃあ君は力を使えないし、君に死なれても困るからね。だから合言葉を決めよう」
少年は満面の笑みを浮かべて、身を乗り出した。
「なら、『ワトシン』でいいだろう! ちょうど分かりやすいし、君の名前だ」
「そもそも私の名前はワトシンではない! そうでね、だったら私の本名でいいだろう」
「ワトシン君の本名……えーっと、それって何でしたっけ?」
口元を皮肉に曲げながら、頭の米神あたりを掻いて、何でしたっけと少女っぽく笑う少年。
黒髪の彼はシニカルな笑みを浮かべると、殺す気で少年の頭に腕を振り下ろしながら、
「合言葉は――」
「 だ」
刹那……空間が丸ごと飲み込まれたように円形に歪んだ。
少年いや、一人の異端者は、とある美しい色をした様々な種族が入り混じった異端な世界に降り立った。