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疑殆帯同  作者: 穏田
第一章
7/50

2-2

「もーやだー」

 膝を抱えてしゃがむ。

 やる気なくした。もう俺劇出ない。ぶつぶつ恨み言を呟いているとそこかしこで謝る声が上がるが、どれも笑いを含んでいる。杏奈と嶋、真実の三人組に至っては声も出ないほどツボに入ってしまったらしい。酸欠になって苦しげに息を吸う音が聞こえる。あぐあぐ言ってろ、馬鹿にしやがって。

「――何だよ」

 不貞腐ふてくされる駒緒の腕を引き上げたのはメイク係のクラスメイトだった。じいっと見つめてくる目は何も考えていないように見える。

 駒緒は、思わず探るような目つきになってしまうが彼女は頓着しない。

「開演時間に間に合わなくなるよ」

 その一言で皆我に返って慌てだす。

 まだやることは山ほどある。駒緒に構っている暇などない。

 薄情にも残された駒緒と小人役の彼は彼女に率いられて、舞台の真裏へ移動した。両手で抱えても届かないくらい大きいコスメボックスがそこで広げられたままになっている。

 3脚あるイスのうちの1つに座っていた男が振り向いた。

「さっきから騒いでたのそれか」

 人の顔をそれ呼ばわりして彼は立ち上がる。近くに立てかけられた姿見で具合を見て衣裳についた糸くずを払った。

「どうよ」

 両手を広げてみせるので「可愛い。世界一可愛い」と適当に返事してやると蹴られた。

「素敵よ、お義母様」

「憎たらしい子ね」

 そう言いつつ彼はクレンジングを探し出して渡してくれる。ついでにタオルを放ってくる。受け取って顔を洗いに行った。

 トイレの鏡を見ると成程ひどい有様だった。ピカソの『泣く女』のような顔になっている。

 舞台裏に戻ると小人のメイクは終わっていた。男女逆転の劇だというのに彼だけは男の役だ。女子より可愛いと評判なのだから女装しても見られるだろう。彼を女装させるか男装させるか一悶着あったらしいが、最中居眠りしていた駒緒は詳細を知らない。

「山岸くんが白雪姫だったらなぁ」

 メイク係の彼女は女装賛成派だったらしい。駒緒が冗談混じりで「交換する?」と言うと彼は首がもげるほど激しく否定した。

 確かに山岸は注目を集めて嬉しいと思うようなたちではないだろう。できれば劇に出演するのも御免こうむりたいところを周りに言われて仕方なくやっているようなものだ。

 旗色が悪いと判断したのか山岸は逃げ出してしまった。

「あんまりいじめんなよ」

「何が?」

 ドーランを手やら首に少し付けて色を確認する彼女に言うと、意地悪そうに笑う。

「駒緒だって人のこと言えないじゃない」

 スポンジで本格的に塗り出した彼女の邪魔にならないようにか図星を突かれたせいか、駒緒は黙った。

「あんたたちの片想いはいつ実るのかしらね」

 あんたたちが誰を指すのか。何をどこまで知られているのか分からない。

「ねえ、駒緒」

 彼女はガキ大将みたいに不遜な態度で言った。「山岸くんはいつ、わたしに告白してくれるのかしら」

「知らねぇよ」

「ラブレターを書いてくれたのは知ってるの。でもわたし直接言ってほしいのよ」

「もう美優みゆうから告白しなよ」

「嫌よ」

 美優は駒緒の鼻をつまんだ。「ずっと片想いしてたの。気付くのが遅いのよ、あの人」

 切羽詰まったようなその表情に、最近美優を好きだと気付いたとラブレターを書きながら言っていた山岸を思い出す。美優が山岸を気に入っているのは知っていたし、おまえら両想いだから頑張れと励ましたことも記憶に新しい。

 美優は制服のスカートのポケットに片手を入れる。取り出したものを見て、駒緒はそろりと目を逸らした。

「佳乃が拾ってくれたの。駒緒がわたし宛の手紙を落としたよって」

 そっぽを向こうとする顔を、彼女は鼻を掴む指に力を入れて強引に前を向かせた。

「渡してくれって頼まれたんでしょう? あの人ヘタレだもん。こんな大事なもの落とさないでちょうだい。あと、山岸くんに『劇が終わったら直接告白して』って伝えて。わたし、人づてのラブレターなんかいらない」

「そんな言い方ないだろ」

「山岸くんに伝えてくれる? 伝えてくれない?」

「……伝えます」

 落としたのは一昨日、部室棟で杏奈と劇の練習した日だろう。佳乃ちゃんに勘違いされてたら嫌だなぁ。

 そう思い、内心頭を抱える駒緒を他所よそに、気分が良くなった美優は鼻歌を歌った。



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