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疑殆帯同  作者: 穏田
第四章
50/50

「あれは幻術よ。得意なの、人に幻を見せるの」

 わらびは何てことないように爪を弄りながら言った。「あなたのトラウマって面白いわね」

「面白くありません」

 他人のトラウマを笑う者はトラウマに潰されてしまえ。

 わらびは駒緒をじっと見つめる。なんて失礼な口の利き方だ! ハイ、クビ! とか言われたらどうしよう。せっかくの就職先を失うのはつらい。駒緒は視線を彷徨わせるが、何の言葉も浮かばなかった。わらびのほうはというと、その間にまた自分の爪に興味が移ってしまったらしい。こちらには目もくれずに説明を続けた。

 他人のトラウマを見事再現した幻覚の正体を指し示す。

「こっちはアシスタントの阿漕あこぎちゃんよ。泥人形なの」

「泥人形じゃないですよお」

 泥人形だった。女の子らしい可愛い声をしているが、駒緒の目の前にいるのは間違いなく泥人形だ。人の形にはなっているが目も鼻も口もない。どこから声を出しているかが分からない。手は丸く、物を掴むこともできそうにない。ゆらゆら揺れていると思った幻覚は、実際足下のバランスがおかしいせいで立つこともままならない。

「何のアシスタントですか?」

 試しに突いてみると転んで割れてしまった。泥と言っても乾いた泥らしい。乾きかけの泥だ。ちょっと湿っている。

「え?」

 こんなに阿漕ちゃんが脆いとは思わなかった。固まる駒緒を余所に、当の阿漕ちゃんは「あーあ」と言う。ばりんばりんに割れているのに、やはりどこから声を出しているか分からない。アシスタントを壊されたわらびのほうはというと愉快そうに笑う。

「ふふふ。かわいそうに、阿漕ちゃん」

「いいですよ。泥人形だと思って、そんなに気にしなくても」

「ってことは泥人形じゃないってことじゃねえか」

 とんだことをしてしまった。泥人形に見せているこの泥の塊はどうやら人間らしい。散らばった泥が瞬く間に集まって、元の阿漕ちゃんの形にしていく。元の阿漕ちゃんの形と言っても駒緒には泥を固めた人型の物体にしか見えないのだが、これも幻術なのだろう。女の子を転ばせてしまったと慌てふためく駒緒を2人はおかしそうに笑っている。

 手を差し出すと、2人はよっぽど面白かったのか腹を抱えて笑い出した。握った手の感触はやはり泥だ。泥粘土をこねてスーパーボールを作った幼少期の記憶と寸分違わない泥の感触だった。

「あたし、こんなに優しくされたのは久しぶりです」

「最後かもしれないから、よく覚えておくことね」

「何でそんな意地悪言うんですかあ」

 会話について行けない駒緒を置いて、またも2人の世界を作り上げて笑っている。仲が悪いのかいいのか分からない。何なんだ、こいつら。

「すみません、阿漕さん」

「いいってば」

 阿漕ちゃんは優しかった。可愛く見える。泥人形だけど。

 問題は学長のほうだ。まだ笑っている。

「わらびさん。あなた、人の心が読めるんですか?」

「まさか。人の心なんて読めないわよ。恐ろしいじゃない、そんな人。笑顔で話してるのに心の中では正反対のこと考えてる人に出会ってみなさい。人間不信でお家から出られないわ」

 わたしができるのは幻術だけと言いながら、見えない泥を叩き落とす阿漕ちゃんを見る。泥人形なのに泥を落としている。不思議な景色だ。

 わらびは嘘をついている。隠し事があるような気がしてむず痒い。やりづらい相手だ。

「さて、行寺くん」

「はい」

「コネ内定の行寺駒緒くん」

「……はい」

 こんなに頷きたくない名指しは初めてだ。

「初恋相手の従姉妹の勤め先にコネ入社する、今のお気持ちをどうぞ」

 いいかげんにしろ、この女。

「――至らない点も多々あると思いますが、よろしくお願い致します」

「愛想笑いが下手。やり直し」

 うるせえよ。

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