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疑殆帯同  作者: 穏田
第四章
49/50

4-3

「面接に行ったその場で採用、雇用契約を結ぶ会社ってあるじゃない? あれってどうなのかしらって思う。履歴書で目の前の人間の全てはわからないし、実は会社のお金を横領してしまったり、ものすごく仕事ができない人かもしれない。履歴書って要するに自己紹介なんだから、よっぽどMじゃない限り、自分のこれからのために話を盛るのは当たり前。見ず知らずの人間の、内面のクズさを、短時間の面接と嘘ばかりの履歴書で測ろうっていうのは土台無茶な話よ」

 わらびの前を通り過ぎようとすると、その後ろから刺さる視線が足止めした。

 じっと見返す。少女の影はうつろな目をしていた。わらびとよく似ていた。駒緒はわらびを見る。あくまでもマイペースな面接官を見た。

「……それで、正体の分からない、見ず知らずの人間を雇うことに抵抗がある御校では、どういった採用方法を採っているんでしょうか」

 独り言のように演説していた彼女は、きょとんとした顔で、ようやく駒緒に焦点を合わせた。今までどこを向いているのか分からなかった目が駒緒を認めて首を傾げる。赤い口紅が次の言葉を紡ぐのを待つ。

 人口の赤が口を型取っている。それを見ていると、口の中にどこかで味わったことのあるような苦い味が広がった。それは確か、あの林檎のように赤い口紅の味だった。

「本校の採用方法? 採用フローでしたらホームページのほうに記載されているとおりですが」

 急にビジネスライクになったぞ、この女。まるで用意された台詞を思い出しながら言っているようだ。そんな回答が欲しいわけではない。

 少し背の低い彼女の目を見て、噛み砕くように駒緒は言う。「今、まだ採用試験中でしょうか」

「当たり前じゃない」

 その一言で駒緒は一気にやる気がなくなった。めんどくさい。めんどくさい。めんどくさいぞ、就活。上司と意思の疎通ができないから就活やめますもうどこ行ったって駄目ですうまくいく気がしません、社会人向いてません。

 就活って本当に理不尽だ。聞いていた以上に無駄が多くて理不尽だ。社会って理不尽に埋め尽くされて息もできないとは既に社会人として働いている大学の先輩から聞いていたけれどそれにしてもこの女の下で働くのか。こんな女でも人の上に立てるのか。そう考えたら少し希望が見えてきたような気がしたし、社会に絶望したりした。

 わらびはいつの間にかバインダーを片手に、それに挟んだ資料に書き込んでいた。

「わたくしは今、この面接において百点満点中、何点を獲得していますか?」

 恐る恐る聞くと、

「うーん、三十点」と慈悲もない答えが返ってくる。

「三十点……」

 赤点だ。さよなら第一志望、夢見てたよ未来。

 一層脱力してしまう。ここからの巻き返しは不可能だ。家に帰って引きこもろう。

 新たな就活敗者を作り上げたトラウマの地からは即刻立ち去るべきだろう。これ以上心に傷を負いたくない。自己防衛本能が残っていて本当に良かった。

 そうとなればここに残っている場合ではない。帰らなくてはいけない。心の平穏は自分で守らなくては。

 屋上のドアノブに手をかけたとき「いいのかしら」と後ろで追い打ちをかけるような声がする。振り切るようにドアを開けた。

「いいのかしら。世の中にはコネ入社というものがあるのよ」

「………」

 ゆっくりとドアを元の位置まで、カチッとしっかり音が鳴るまで戻し、すばやく振り向く。直立不動のまま、わらびの次の言葉を待った。

「え? なに?」

 なに、じゃない。なにじゃない。俺が欲しいのは「なに?」なんてあっさりした疑問系じゃない。欲しいのはもっと前の台詞の続き、それだけ。

 一癖ある恋する女子みたいなことを思いながら、それでも察しろと念を込めた。伝われ。

「なによ、そんなに見つめて」

 わらびはバインダーが唯一の盾であるかのようにぎゅっと胸の前で抱きしめた。

 伝わらない。圧倒的コミュニケーション能力の不足。察する能力がないという悲劇。

 このまま見つめ合うのでは埒が明かないので、はっきり言葉に出して主張することにした。

「コネ、とは」

「Siriじゃないのよ、わたし」

 見れば分かる。どうしてこんなにも伝わらないのだろう。ツーカーの仲ではないのだろうか、行寺と目紜は。少なくとも祖父は大分一方的に目紜が好きだ。気に入っている。だからちょっかいをかけて、かけまくったというのに相手には伝わらないとは、ここでもまた悲劇。祖父の血は間違いなく駒緒にも受け継がれている。血は水よりも濃いとはこのことだ。

 溜め息が出そうになるところを寸でのところで堪え、空を仰いだ。なんて清々しい青空だ。ピクニック日和にどうして面接なんかしてるのだろう。こんな日に面接辞退してもお天道様だって快く笑って許してくれるに違いない。

 ちょっと失礼、と断ってからスマホを取り出す。すると猛烈な勢いで書き込みをし出すものだから内心ぎょっとしてしまう。きっとマイナスポイントとして書き入れているのだろう。就活は減点方式だ。

 相手が出たことを確認し、定型的な挨拶を口にする。

「ええ、実は面接を辞退したく……はい。はい。申し訳ございません。はい」

 一社目、二社目、三社目、業務的に電話をして、今日の予定をキャンセルしていく。途中から明らかに相手の声音が変わって、人間ってこわいとしみじみ思う。向こうは最近の若者ってこわいとこの電話が終わった後にでも同僚に話すのだろう。人間って基本的にこわいのだ。

 全ての面接予定の企業に辞退の連絡をし終えて、その間ずっと固まったまま動かないわらびにようやく声をかけた。

「俺の今の点数は、大人の諸事情諸々含めて今現在、何点でしょうか」

 わらびは突然動き出したロボットのように機械的に、駒緒の目を見つめた。答えはもう分かっている。

 それでも聞きたいの知りたいのと我儘を言外に主張すれば、駒緒より一回りは年上の社会人は懇切丁寧に教えてくれた。

「大人の諸事情諸々含めたら? それはもう間違いなく、揺らぐことなく、100点満点。採用通知の雨あられ」

 採用通知が雨あられほども来たら最高の気分だろうなあ。そう思いながら駒緒は、恥も外聞もなく大きく振りかぶってガッツポーズをした。

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