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疑殆帯同  作者: 穏田
第四章
48/50

4-2

 前回の投稿後、完結と表記されていました。誠に申し訳ございません。まだまだ続きます。今後とも、どうぞよろしくお願い致します。

 目紜わらびはゆらゆらと揺れていた。

 亡霊のように揺れながらも、虚ろな瞳で駒緒を見つめる。ぼんやりと眺めていたかと思うと、うっそりと微笑む。途端に彼女の薄まって朧気だった輪郭がくっきり浮かんでくるのだからやはり、彼女も女なのだろう。

 女とは笑うだけでかくも美しくなれる生き物であることを駒緒は知っていた。笑わずとも美しかった少女を彼は今はもう知っているが、それとは比較にならない笑みだった。

 比べるべきではない。毛色があまりに異なっていた。

 太陽が燦々と注ぐ。

幼気いたいけな就活生をいじめるなんて教師にあるまじき行為ですね」

「わたしの生徒は女の子だけよ。今のところは」

 今のところは、なんて付け加えるところがまた小賢しい。目紜と名乗るだけあって、彼女の本質はつまりそこにあるのだろうことは容易に想像がついた。しかし目紜といっても彼女が駒緒の敵であるか味方であるかという判断はまだはやい。生まれつき、目の敵にされることが多かった人生といえども、それなりに味方はいた。彼を匿う人物がいた。

 それを忘れてはいけない。

 彼は敵が多いけれど、同時に味方も同じ数だけいる。人間の本質が両極端であることは滅多にないけれど、敵と味方はいつだって綺麗に分かれる。中立は少ない。裏切り者は数多くいたが、甘い蜜だけ吸って生きていける中立派は既に死に絶えている。先の戦争で、彼らは皆粛清の憂き目にあっている。

 事態はいつも、駒緒の知らないところで始まって、終わっている。

 天を仰いだ。

 正直なところ、お手上げだった。彼には何の情報も手がかりもなかった。何年も蚊帳の外に置かれていたようでその実堅牢な囲いの中に隠されていた彼にとって、外の世界との関わりは皆無に等しく、箱入り娘よろしく大切に守られてきたものだから今のこの状況というのも全容を把握するには至っていない。

 彼は周りが期待するほど頭の回転がはやいわけでもなく、天才的でもなく凡人なのだ。彼はただただ就活に勤しむ一学生なのだ。

 それが、数年前の非現実的な現実を思い出したとしても、どうすることもできないのだ。どうすることもできずに周囲に翻弄されて死にゆく運命であることは明らかだ。だから彼は一度、死んでいる。死人というには駒緒は生き生きとし過ぎていたし、事実生きている人間であることに変わりはなかったが、彼は悲しくも凡人であった。

 超人的な、超能力すらも持たない人間であった。それを忘れてはいけない。

 彼は人間である。

 人間である彼は、人間なりに反抗しなければならない。彼はもう死ぬわけにはいかないのだから。次に死んだら最後、彼は本当に死んでしまう。それはいただけない。

 都合が悪いどころの騒ぎではない。怪我もできることならしたくないというのが生物としての本音ではあるけれど、いざとなれば骨の何本か、血を流すこともやらなければいけないだろう。その覚悟はある。

 なぜならば彼は行寺。行寺駒緒だからである。当たり前のことだ。彼はずっと――囲われていたと自覚していても――、そんな世界で生きてきたことを思い出している。

 目の前の目紜は微動だにしない。駒緒も自分から動くことは躊躇われた。

 目紜は宿敵である。

 だがしかし、駒緒にとって目紜は全員が全員、敵ではなかった。見ず知らずの目紜とやり合う由縁もない。

 それこそが今の膠着状態を生み出している。

 駒緒に、わらびの考えていることは分からない。

 一歩踏み出したら最後、彼女の背後にいる得体の知れない少女に取って食われるのかもしれなかったし、あるいはわらび本人が直々に手を下す気なのかもしれなかった。

 あるいはその両方かもしれなかったし、そのどちらでもないのかもしれなかった。

 彼に死ぬ覚悟はなかったが、怪我程度であれば許容できる気概があった。

 タイムリミットだ。

 長年女学校で教師をやってきた彼女には分からないかもしれないが就活生は多忙なのである。次の面接時間というものがある。

 1日に何社受けて、より良い内定を勝ち取っていけるかが肝なのである。

 選ぶのは彼だ。

 駒緒は深く息をつくと、大きく踏み出した。

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