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頭がおかしくなりそうだ。
息遣いが荒くなる。心臓がどんどん早くなり、抑えようと焦るのに自分ではどうにもならない。勢いをつけた歯車は止まらない。
動き出す前に止めなくてはいけなかったのだ。逃げてはいけなかった。
これでは追いかけられるばかりになってしまう。追いつかれたら最後、歯車に轢き殺されてしまうだろう。
だがもう遅い。逃げるしかないのだ。
駒緒は滑る廊下を全力で走る。革靴ではうまく走れない。それでも、逃げなくてはいけない。
振り返っても追手の姿はない。しかし感じる。背中に存在を感じる。だから逃げなくてはいけない。
覚えていた。
憶えてはいないが、感覚が、全身が覚えていた。
どうして彼女がいるのか分からない。混乱していた。訳の分からない危機感が駒緖を走らせていた。
足がうまく床を蹴られない。もつれる足から靴を抜き取って、震える手先で靴下も乱暴に脱ぐ。
追いつかれたら終りだ。
火照った素足に冷たい床が染みる。
再び駆け出した足が何かを踏んだ。踏み出すごとに食い込んでいくのを感じる。
「くっそ!」
かかとに刺さった画鋲を力任せに抜いて投げる。窓に当たって跳ねた。その行方を見ることはない。
否――、どれがその画鋲か判断がつかなかったのだ。
跳ねた画鋲は廊下一面に散らばった画鋲の畝に埋もれた。一つ一つにナンバーが書かれているわけではないだろう。たとえ番号が振られていたとしても足に刺さっていた画鋲をよく見ていたわけでもない。血がついていれば分かったかもしれない。
しかし駒緒は既に一歩ならず二歩、状況を把握するまでに三歩、この針の筵の上に入り込んでしまっている。血のついた画鋲の中から、最初に踏んだ一つを見つけ出そうなど到底無理な話であった。
この先は行けない。
振り返っても姿は見えない。だが確実にいる。いるのだ。
足が痛い。どくどくと流れる血は更に動きにくくする。痛みと粘る赤に朦朧とした。
手に持っていた鞄を見えない彼女に向かって投げる。そこそこに重いそれは、勢いよく飛んでいったが、それだけだった。
「何なんだよッ!」
意味がわからない。
この悪寒は何だ。
彼女はどこにいる。
どうして今更出てきた。
おまえはあの時俺を置いていったはずじゃないのか。戻ってきたところでおまえの居場所はもうない。俺がおまえを忘れた時点で、おまえの存在は跡形もなく消去されたはずなのに。
「駒緒さん」
気持ち悪い。
現実なのか、これは。俺は今――何を見ている?
怖気が走る。頭皮を這い上がる虫の幻覚が嫌なものを連れてきた。
「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ!!!」
耐えきれずに崩れ落ちる。頭を抱えて、それでも足りずに自身の体を抱きしめる。震えるせいで、全然閉じられない。隠れることができない。
そこにあったのは恐怖だ。圧倒的暴力、刺される感触、虫が全身を這い回り食まれる恐怖。
過去が消えてくれない。




