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疑殆帯同  作者: 穏田
第三章
42/50

5-3



 思いが死んだりはしないのだ。



*****



 ひどいしっぺ返しを喰らった。

 行寺キノエは策略家であった。綿密に張り巡らされた彼の計画は、目紜キリの計画を遙かに上回った。その緻密さに劣ったキリは潔く負けを認めた。

 これは戦争である。

 戦争の開始だった。

 銅鑼か法螺貝かゴングか、とりあえず何かが鳴り響いて火蓋は切って落とされた。

 初戦、目紜は敗退した。みっともなく敗走を余儀なくされた――しかしながら、そんなことで諦める男ではない。

 彼は奪われたものを取り返さなければならないと目を血走らせていた。

 最愛の『あれ』を奪われたままではいられない。いても立ってもいられなかった。

 浮き足立ち、地団駄を踏み、誰彼構わず喚き散らした。

 否、彼は本能で嗅ぎ取っていた。裏切り者の気配を嗅いで無意識に顔を歪めた。不愉快な存在を見つけ出していた。

 最も信頼していたはずの息子たちの中に裏切り者がいることは明白であった。

 特別、三男に対しては不信感を抱いた。花梨は親によく似た。まるで生き写しだと笑ったのは誰だったか、それが性だと誰よりも知っていたからこそキリは至って理性的に、合理的に考えて、三男を疑った。

 対して全く疑念の範疇に入らなかったのは次男だけであった。それほどまでに彼の息子たちは彼の性質を濃く受け継いでいた。

 利点である。

 キリと同一になるということは優れるということだ。

 凡人とは一線を画す存在となるということは人を超越するということには間違いなかったが、たとえ凡人が彼らの中に混じったところで産まれた瞬間に死を迎える。生を受けた瞬間に死を、運が良ければ母親の腹の中から出ることもできるだろうが、苦労して出たところでそこはこの世の地獄だ。生まれ落ちなければよかったなどと思考が固まる前に殺される。環境に適応できないということは息もできず、血が回らず、自殺することもできない。殺されることを待つだけの家畜、人以下になり下がったものに一体いかほどの価値があるのだろうか。

 彼らはいつだって勝ち残ってきた。

 死がいつでも彼らの首を狙っていたが、彼らは負けを知らなかった。

 それが今、敗北を知ったのだ。

 生まれてこのかた負けを知らなかった彼らが惨敗も惨敗、惨めな負けを生きながらにして体験し、なおかつ彼らは今なお生かされている。

 行寺に生かされている。

 こんな屈辱があろうか!

 これほどまでの侮辱を受けたことが果たしてあろうか!

 末代までの恥である。

 敗北を喫したこの時点で末代であることが確定してしまったが、そんなことは知るかと半ばやけっぱちになりながら主張する。

 宣言する。

 我らは、我らは偉大なる勝者。

 この世界においての勝者である。

 いかに薄汚い狐狸の類いが吹聴したところで我らこそが真の勝者。

 偽物を圧倒しろ。

 怯むな、阿るな、弱気になるな。

 目紜こそが真実だ。虚像に心を奪われてはいけない。

 鏡に映った嘘はいつだって彼らを更なる地獄に引きずり込もうと躍起だった。だから封じたのだ。

 唯一の弱点である鏡を隠した。襤褸を掛けて誰も映し出さぬようにしてきた。

 此度はそれを暴かれただけ。少しだけ風が吹いたのだ。だからあの詐欺師共にも見えたのだろう。

 我らの本当の姿が。

 だから心配いらない。

 全容を見られていないのならば、それは弱点には足り得ない。

 目紜とは、そういう生き物だ。

 支持者たちは諸手を上げて賛同する。

 目が、目が、多くの目が見上げてくる。

 それに応えることは簡単だ。今までと同じく振る舞えばいいのだ。

 我らは目紜。

 気高きもの。

 人間などには頭を垂れない。

 我らが神であるが故、神であるうちは、世界は我らのためにあると目紜キリには分かっていた。

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