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疑殆帯同  作者: 穏田
第三章
41/50

5-2

 白雪姫は舞台上に躍り出る。

 7つの山を越え、追っ手に怯えて何度も後ろを振り向く。頭上の照明が熱い。

 思ったより重い衣装は枷のようだった。汗が滴る。

 朦朧とする頭の中で、鏡の声がちらついた。

「私はただ、お父様――お母様に愛されたかった」

 流す涙は頬から汗に混じって分からなくなった。舞台袖で杏奈がこちらをじっと見つめているのが見えた。

「愛していたのです」

 愛が返されないことは苦しいことだと知っていた。

 視線は地に落ち、泥に塗れた足を嘲笑った。あれだけ煌びやかだった服はいつの間にか襤褸ボロとなり、白雪姫はそれでも走る。

 いくら汚れたとて彼女には関係のないこと。

 荒れ狂う心に引きずられ、そんなことはどうだっていいと半ば叫ぶように言うのだ。

「私はただ、愛されたかった」

 それだけを願っていた。彼女の最初はそれだけだったのだ。

 倒れ伏す。

 目を閉じると7人の小人がわらわらと白雪姫を取り囲んだ。

「誰だ?」

 1人が声を上げる。

「誰だ? この子は誰だ?」

 口々に問うて顔を見合わせる。

 戸惑う中で誰かが言った。

「誰かは分からない。でも、美しい」

 彼女はこの世で1番美しい。

 彼女の価値はそれだけだと言わんばかりに彼らは彼女を評価する。駒緒はこの場面が大嫌いだった。

 小人たちは白雪姫を抱え上げる。

「連れて帰ろう」

「ぼくらの家に」

「美しいお姫様」

「楽しみだなぁ」

「今日は良い日だ」

「そうかなぁ」

「そうだよ」

「間違いない」

 最後は声を揃えて満場一致となったことで満足げに頷く。7人の小人はにこにことしながら白雪姫を連れて行く。

「駒緒さん、駒緒さん」

 鏡が、横たわり運ばれる駒緒に駆け寄ってきた。まだ舞台の上だ。返事をするわけにはいかない。

 しかし彼女は駒緒の袖を引いて、言う。「駒緒さん、駒緒さん。杏奈が」

 鏡は確かにそこにいるはずなのに、誰も見えていないかのように彼女を無視した。腕に触れるこの体温は偽物ではないはずだ。だが、彼女はいないのだ。

 彼女はいないのだ。

「杏奈がいない」

 嘘だ、と跳ね起きたとき、ちょうど彼の体は舞台袖に消えたところだった。

 どうした駒緒と聞いてくる中に嶋がいない。

 山岸がいない。

 美優がいない。

 真美がいない。

 礼治がいない。

「駒緒さん!」

 鏡の悲鳴が聞こえる。

 舞台へ転がり出て、観客席を見下ろす。

 絶望に胸を支配される。

 どうして。

「駒緒さん、どうしましょう。駒緒さん」

 足を震わせて崩れ落ちる彼女を抱きしめる。広がる惨状に目を逸らして振り返る。

 こっちへ来るなとクラスメイトたちに警告しようとしただけだった。

 鏡の泣き声が空っぽになったホールに響く。

――どうしてあんたは俺の全てを奪っていくのだ。

 きっとキリは笑うのだろう。あの人を食ったような目で嘲りながら、駒緒を見下ろすのだ。

 奪ったのはお前だろうと、彼は言うのだろう。

 全校生徒が死に落ちるなか、駒緒は呆然と立ち竦んで動けない。

 鏡は硬直した駒緒の腕の中から抜け出して、観客席へ降りた。

「鏡!」

 彼女は血に足を浸して、駆け出す。跳ねた血が鏡の体を濡らした。観客席の一番後ろ、重厚な鉄扉を押した彼女は最後に振り返って、駒緒を見つめる。

「鏡、戻ってこい!」

 彼女は何も言わない。

「鏡、鏡、鏡……」

 扉が閉じられる。

 うなだれた駒緒を照明が白々しく照らしていた。

 この日、杏奈が消えた日。

 7人の純粋で無垢な小人たちに彼女は連れ去られてしまった。

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