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疑殆帯同  作者: 穏田
第三章
40/50

5-1

 舞台袖から出てきた黒子くろこが演目台のロール紙をめくる。

 白雪姫と書かれたそれに照明が当たって、ざわめくホールが徐々に静まっていく。それを待っていたように開幕のブザーが鳴った。

 おぎゃあ、と発してからしばらく、どうしてもドレスの装飾が気になる駒緒は裾を持ち上げて広げてみる。足がすっぽり隠れているのはいい。しかしどうやっても肩幅は男のそれだった。

 やはり白雪姫は杏奈の役目だ。

 どうにも我慢できない。

 当分出番がないことをいいことに首にかけられた真珠のネックレスを引っ張ったりして暇を潰した。ビーズでできているそれは透明のゴムで繋いである。

 ちらりと隣を見て、ネックレスを外した。

「駒緒さん。よくお似合いですよ、駒緒さん」

 ニヤリと笑う彼女は駒緒を見上げながら言う。「女装がよく似合う男って私あんまり好きじゃないの」

 鏡と呼べば、逃げなかったのねと彼女はまた意地悪そうに言った。

「貴方のことだからまたケツをまくって逃げちゃうかと思ってたわ」

「女の子がケツとか言わない」

「キリみたいなこと言うのね」

 鏡は髪を耳にかけつつ差し出されたネックレスを見つめる。

「あげる」

 逡巡の後に頷いた彼女の首にそれをかける。チープなビーズのネックレスは彼女には似合わなかった。

「鏡さん。よくお似合いですよ、鏡さん」

「だから私貴方のこと嫌いなのよ」

 それでも少し頬を染める鏡は照れたかのように俯く。

 舞台上の演者を見ながら、やっぱり人形の赤ん坊は何度見ても見慣れないと思った。

 玉のように美しい姫君と褒めそやされる人形を眺める。

 蝶よ、花よと誰もが手を伸ばして抱え上げた。

「そろそろ、出番じゃない?」

 疲れ切った声が駒緒を呼ぶ。振り向くと、杏奈が腕組みをして立っていた。

 あら、と嬉しそうに鏡が声を上げる。

 杏奈は一度も鏡のほうを見なかった。

「あともう少し」

「出遅れないでね」

 ペタペタと裸足で近寄ると杏奈は「靴も、忘れないでね」と念押しした。目の下の濃いくまを親指の腹で撫でる。

 目を閉じた彼女の長い睫毛まつげが何度か羽ばたいた。

「スニーカー履いて出ちゃ駄目? ヒール歩きづらい」

「ダメ」

 ねえ、ねえ――杏奈。そう足にまとわりつく鏡を抱き寄せて、彼女に微笑みかける。

 杏奈には鏡が見えない。

「今日一緒に帰る?」

「うん」

 小さい声で答えた彼女たちは縋るように駒緒を見上げる。

「置いていかないでね」「置いていかないで」

 駒緒は頷く。

「一緒に帰ろう」

 彼女たちが重なって見えた気がした。

少々お待ちください。

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