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疑殆帯同  作者: 穏田
第二章
34/50

10-8

 嗚咽おえつを上げる。

 吐いてしまいそうだ。

 頭の奥から血が抜けるような寒気が彼女の喉を締めて殺そうとしてくる。乾いた唇が息をするたびに痺れる。

 彼女は、彼女のために彼女自身の心を殺し、その手足を切り刻んだ。

 跡形もなくなった血と肉を掻き集める。床の隙間に入り込んだ血さえもすする。

 一滴たりとも逃してはならない。

 全てを彼に捧げるのだ。

 これは彼女の純情。

 彼女の愛。

 彼女の全て。

 彼のためのもの。

 決して甘くはないのだ。

 どうあっても救いようのない。

 毒を食らわば皿まで、苦しいこの心さえも彼女は彼に背負わせる。

 忘れられると思うな。

 ゆめゆめ体の隅々にまで染み込ませたものを知らないなどとうそぶくことのないよう。

 貼り合わせ、ね繰り回したこの愛から目を逸らすな。

 低く唸る声は響く。

 虚しく響いたその声が醜い。

――そうだ。

 彼女は醜悪で、化け物じみた女だ。美しい物語ストーリーは彼女を苛んで殺してしまう。醜悪、貧弱、守られなければ立つことさえままならない惨めな杏奈。ああ、人間になれたら。

――私は誰も殺さずに済んだのに。

 滑る指先で彼を作った。

――覚えてる。

 骨も肉も血も一から完膚なきまでに再現できる。

 足りないものは自身で補え。彼には何の罪もないのだから。

 突き刺す痛みも失う悲しみも、彼は知らなくていい。

 知ってしまったのならそれさえ奪ってあげましょう。

 あなたはただ、私からの愛を知っているだけでいい。

 身体を作り上げた杏奈は座らせたそれに彼の頭部をそっと置く。幾多の傷跡を舐めとって最後に唇を舐めた。

 まぶたが開くのを見つめる。

 触れたままの口から空気を差し込んだ。

 せ返る彼を見て、バラバラになってしまいやしないかと抱きしめた。その感触が彼女を幸福に浸らせる。

 彼は私のものになったのだ。

「駒緒くん」

 囁くと彼はかすかに震えた。

 駒緒はぼやけた意識の中で確かに思い知った。彼女の心を知ってしまった。切り刻まれた切なる思いを知った。

 だから彼は杏奈を呼ぶ。幼く笑う。

 きっと彼女は忘れてしまうだろう。

 その前に告げるのだ。

「俺は――」


――景色が、暗転する。



次章に続く

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