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疑殆帯同  作者: 穏田
第一章
3/50

1-2

 さてどこ行ったかな。

 文化祭前の興奮にあおられて、普段より騒がしくなった廊下を、人と人の間をすり抜けながら進む。途中、通り抜けできないほど座り込んで占領している集団に声をかけられたが、「ちょっと失礼」の一言でむりやり進んだ。別のクラスの友人が話しかけてきたら「探し物してるから」と言えば去っていく。

 駒緒の目的は体育館にあったが、そこに辿り着くまでが果てしない。順路の選択を間違ったことを感じてうんざりした。

「杏奈ちゃん探してるの?」

 女子特有の高い声が駒緒の足を止めさせる。

 教室のドアに軽く体をつけて話していた2人組のうちの1人が、にこにことしながらこちらを見ていた。釣られてもう片方の女生徒も同じ方向を向くが、相手が駒緒と分かると目を逸らす。――気付かないふりをした。

「どこにいるか知ってる?」

「さっき職員室で西村先生とお話ししてたよ」

「西村かぁ」

 礼を言ってそそくさと立ち去ろうとする。しかし、貼り付けたような笑顔のその子は駒緒の制服の袖を引っ張った。

佳乃よしのちゃん、俺急いでるんだけど」

「そうなの? ごめんなさい」

 引き止めた割にあっさり手を離し、いってらっしゃいなどと手を振る。

 南から西へ目的地が変わったため第2校舎に移らなくてはならない。入れ違いにならないように早く行かないと。

 渡り廊下を半分過ぎたあたりで振り返ると、2人の女生徒はまだこちらを向いたままだった。

――めんどくさいなあ。

 やる気の減少に比例するようにどんどん背中が曲がっていく。意識しないとすぐ丸まってしまう。しゃんとしなさいと杏奈が怒る声が聞こえるようだった。怒ってばっかりだアイツ。

 むりむり俺生まれてこの方ずっと猫背だもん。

 スラックスの後ろポケットに手を突っ込むとスマートフォンを取り出す。一緒に何かが落ちた感触がしたがゴミか何かだろう。18時49分だった。アプリ更新と新着ラインの通知が左上に表示されている。昼間授業中に他クラスの友人から送られてきたものがほとんどだった。

 電話をかける。耳には当てず、画面を見つめながらコール音が鳴るのをかすかに聞く。相手は出ない。

 諦めてスマートフォンを仕舞い、階段を下がっているとバイブ音が二度鳴った。この鳴り方はメールだ。

 手すりをタンタンタンと叩く。校舎の真白い壁が紙粘土に見えた。赤く塗ってもリンゴには見えないなと思いつつ、第2校舎の1階まで降りていった。職員室は西の端だ。

 理科室を正面に左に曲がると、職員室までの長い道のりに人っ子一人いない。蛍光灯が廊下を寒々しく照らす。第2校舎の教室は文化祭では使わないせいで、賑やかな第1校舎とは対照的に静まり返っていた。

 書道室の前を通ると墨のかおりがする。

「杏奈」

 職員室のドアが開いた。杏奈が誰に言うでもなく「失礼しました」と頭を下げる。

「………」

 振り返った彼女はとても嫌そうな顔をしていた。駒緒はそれを見て嬉しそうにする。このままでは杏奈に無視されてしまう。引き止めるべく声を出そうと息を吸うと墨汁の匂いに咳き込んだ。

 細められた目は見たくないものを出来るだけ視界に入れないようにしているようだった。

 駒緒との間にある階段に逃げようとする杏奈を彼は慌てて追いかけた。

「ひどくないですか、杏奈さん」

「ひどくないですよ、駒緒さん」

「せっかく迎えに来てあげたのにさぁ」

「必要ないよ」

 先を行く杏奈が迷惑そうに言い、手すりを叩いて上っていく。

――タンタンタン。

「西村と何の話してたの?」

「劇のこととか、明後日の予行練習のこととか文化祭に関すること」

「明後日の、幼等部まで行って披露するんだっけ。それまでに衣装完成しないと思うけど」

「じゃあゴミ袋ドレスでやって」

 ひどいことを言う。プリントを抱えた杏奈はわきがガラ空きだ。つつくと身をよじった。

 笑うと睨んでくる。

「やめて」

「顔真っ赤」

「うるさい」

 かわいい、かわいいとからかっていたら足が早まった。

 しかし歩幅が違う。杏奈の3歩は2歩で追いついた。

 しばらく無言で追いかけっこしていたが、次第に歩調は弱まりゆっくりになった。

「演技指導して」

 ね、舞台監督さん。作業をやめて迎えに行った本題を告げると、杏奈は目を合わせないままに頷いた。



すみません。「佳子」ちゃんを、「佳乃」ちゃんに改名しました。

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