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疑殆帯同  作者: 穏田
第二章
28/50

10-2

「あなたは知ってるはずよ。絶対、杏奈は譲らない。頑固だし強情だし、私の言葉なんかあの子には届かないの。離れ離れになったまま、私はあの子の元に帰れない。あなたのせいで彼女と別れなきゃいけなくなったのに、あなたがいないと私は永遠に1人のままで動けない。ひどいわ。あなたばかりが選ばれて、私ばかりが二の次三の次で全然気に留めてもくれない。私はそれがどうしても我慢ならない。私は私を見てほしい。私は彼女にとってなくてはならない存在のはずなのに、どうしてないがしろにするのかしら。あなたに向ける視線は私のもののはずなのに、あの子は惑わされてくれない。本当にあなたが好きなの。あなただけを見てるの。だからあなたも相応の気持ちを返すべきなんて身勝手なことは言わないわ。そんな理不尽なことをあなたに要求することは私はしとしない。でも、私が存在するっていうことは、つまりそういうこと。あなたは杏奈に返すべきものを持ってる。だから私は安心して言えるの。あなたは素直になるべきよ。欲求に従順になるべきだし、中途半端な誠意なんか誠意に値しないって言える」

 なのに、と彼女は悲痛に喚く。

 静かに愛おしそうに駒緒の首を抱いてうずくまった。

「どうしてあなたは死んでるの。あの子にはあなたしかいないのに、どうして彼女を裏切るの。あなたなんか大嫌いよ。初めて見た時から嫌い。憎くてたまらない。

 でも、あなたがいないと私は鏡になれなかった。私は大嫌いな人に生かされて、生死さえもあなた次第でままならない。あなたなんか、生まれてこなきゃよかった。あなたさえいなかったら杏奈はこんなに苦しむことはなかった。知らないままでいられた。だから嫌なの。こんなことしたくない」

 杏奈は逃げたわ――と彼女は呟いた。

 鏡は彼女自身の《鏡》としての本分を充分に知っていたし、絶対に主人に不利益なことはしなかった。彼女の愛とは、そういうことでしか表現できなかった。ひたすらに頑なで曲げるということを知らなかった。

 不器用な彼女は誰よりも《鏡》に相応ふさわしく歪んでいた。

「あなたには分からないでしょう。私のことなんてきっと忘れてしまう。みんなそう。あれほど《鏡》を欲しがったくせに忘れてしまうの。自分の言動を恥ずかしいとすら思うの。その屈辱を私は忘れない。だから忠告するわ。あなたに対する唯一の優しさよ。私は私のためにあなたに酷いことを言うわ」

 行寺駒緒、と鏡は呼ぶ。

 固く閉じた彼の目蓋に唇を落とした。不格好なそれを笑う者はどこにもいなかった。

 《歪んだ鏡》を非難する者は誰一人として、そこにはいなかった。

「選びなさい。優先すべきは何かを自分で判断するの。あなたの博愛は卑怯でしかないわ。あなたは自分のことをまるで分かっていない。行寺には《鏡》がいないだけ可哀想。特にあなたのような人間には行き辛い世界でしょう。納得できないこともきっとたくさんあるわ。でも、杏奈はあなたを決して見捨てないし、私はそれに逆らわない。あなたはとっても恵まれてる。だから諦めないで。これ以上の裏切りを鏡は許さない」

 そこまで言って、鏡は天を仰ぐ。

 遠くに見える灰色の天井を見て、浅はかな企みが彼女に伝わらなかったことを知った。

 ――彼女は駒緒の頭を抱きしめながら待つ。

 愛しの彼女の登場をいつまでも待ち望んだ。

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