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疑殆帯同  作者: 穏田
第二章
23/50

8-6

「わたしのせいなんですか――?」

「ん?」

 震えながら、めいは青い唇を噛みしめた。その震えが――弱さが、相手に伝わらないように感情を抑えつける。鼻をすすった。

 父も母もこの少年には敵わない。

 絶対的存在であった両親をも凌駕する少年が、恐ろしくてしょうがない。

 だが。

 そんなことは言っていられないのだ。

 彼女には、責任があるのだから。

 心臓はひたすら五月蝿うるさいだけで黙ることはない。歪んだ視界には非情な現実が、淡々と孤立無援であることを知らしめる。

 浅く息をすれば、その音が耳障りになった。息を詰めると咳き込む。

 けいは――そんな無様なめいの姿に目を細めた。

 口角が意図せず更に上がる。

――すっごく面白い。

 美しいいもうとばかり見慣れていたせいか、みっともない彼女は奇異に見える。

 腹が立つ。

 その鈍くさい仕草は苛立たしくて堪らない。

 しかしひどく嗜虐心を煽られた。

 その所作をもっと乱れさせ、笑いモノにしてやりたい――手に入れたい。

 立場も忘れ、思わず首に手を伸びた。

「……何が、きみのせいって?」

 寸でのところで留まる。

 緩く首に当てられた両手は脅しの役割にはなったが、蛍の本願には沿わない。だがまだ、彼女を思うままにすることは出来なかった。

 彼は必ず、中野めいを連れ帰らなければならないのだ。それまで、彼女は、確実に《炉端学園》の財産だった。貴重な人材であり、彼らの父親の所有物だ。

 それを忘れてはいけない。

 彼女は未だ誰のものでもなく、自由の身であった。

「行寺くんが誘拐されたのは、わたしのせいなんですか?」

 半ば強引に言葉を引き出されためいを見つめる。自分から逃げようとでもするかのように忙しなく瞬きを繰り返すその目蓋を引っぺがしてやりたかった。

 目をつぶることがないよう。片時も逸らさず逃げず自分を見てもらえるよう――薄い目蓋が2人をはばむというならば。

 恋にも似た情動を抱いた。

「行寺駒緒は死んだよ」

 彼は死ぬ。確実に息の根を止めるのだ。それが、彼らに与えられた命令だ。

「でも……でも行寺くんは……」

 行寺、行寺、行寺。

 行寺ばっかり。

 最近の杏奈も、父親も、兄弟たちも。

 一生目紜は行寺に縛られて生きながらえなければならないのか。

 意識し、ご機嫌伺いをしていくことになるのだろうか。

 この先、一生――そんな趣味の悪い話があってたまるか。

 蛍は誰かに左右されるのが嫌いだ。自分の我儘を渋々変えることがあるとすれば、家族以外に認めたくない。

 きっと今後行寺は邪魔になってくるだろう。

 父親ですら手に負えない存在はいずれ、自分たち兄弟にも影響してくるはずだ。

 そういう意味で、彼にとって行寺は、いなくなってほしい存在だった。

 彼自身は気付いていなかったが――別の意味でも行寺駒緒は蛍を苛立たせることになる。

 蛍は、今度は明確に棘を含んだ言い方で、めいを責める。

「自分の成果を放りっぱなしにしないで、しっかり確認するなんて良い心がけですね、めいさん。改善できるところがあれば次に活かそうってことですか? 奴隷根性が染みついてて本当に分家の人間は最高です。

 これを機に、あのバカみたいにふざけた名字に戻したらどうでしょう。

 一般的な全国の中野さんと区別するために良いと思いませんか? 元の名前のほうが貴方たちみたいな分家風情にはお似合いです」

 立場をわきまえてもらわねば。

 自分は行寺の下に位置するなど真っ平御免だが、分家には本家の顔色を常に窺ってもらわねば困る。馬鹿の一つ覚えみたいに目紜目紜目紜と絶対的頂点に我らが棲んでいることを再確認させるべきだ。

阿諛あゆ家は我らが分家。逆らおうなんて二度と思わないでください。ましてや貴女、紛いなりにも目紜家の血が混じっているんですから」

 その名の通り、おもねり、へつらって本家に首を垂れ、品なく餌をねだっていろ。

 少し甘やかすと、すぐこれだ。

 周りに馴染むため、これも本家の役に立ちたいがためと懇願するので改名を許せば、そのまま解放された気にでもなっていたらしい。

「貴女には本家に来てもらいます。何度でも言いましょう。これは大変な名誉です。分家としての役目を果たしてください。その命を賭して目紜に忠誠を誓ってください。それが貴女の生かされている理由です。全てを委ねていただかなければ困ります。そうでなければ《恩返し》にならないでしょう。貴女方は末代まで呪われている」

 首の代わりに胸倉を掴む。びくっとめいの体が跳ねた。

「阿諛めい――貴女は一生、ぼくたち目紜の人形おもちゃだ」

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