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疑殆帯同  作者: 穏田
第二章
21/50

8-4

 書斎から出ていこうとする父の背に杏奈は縋った。彼をこのまま行かせてはならない。

 駒緒が殺されてしまう――それは、何よりも耐え難いことだった。

 自分のせいで駒緒が殺されるなんて――そんなこと、絶対にさせない。

 キリは振り返ったが、やがて、声が出ない杏奈の手を一本ずつ優しく外した。

「そうだなぁ……杏奈」

 腰を屈め、彼女の表情を見た。

 口を開こうとするのに、何の言葉も発せられない。開いては閉じてを繰り返す。

 何と言っていいか分からないのだろう。何が父親の逆鱗に触れるか分からない。何か言わなければならないのに、言葉が出てこなかった。

「まぁ……、正直なところを言うと、過ぎてしまったことはしょうがないとは思ってるんだよ。起こってしまったことは時間を戻せない限り、どうしようもない。僕がしようとしているのはね、『その後の対応』だ。そこをなあなあにしてしまえば本当に取り返しがつかないことになってしまうんだ。わかるね?」

「お父さん。お父さん、違うんです。駒緒くんは、関係ないんです。私が悪いんです。駒緒くんは関係ない」

「関係ないってことはないだろう。いい加減なことを言ったら駄目だよ。

 彼にはね、けじめをつけてもらわないと。責任を取ってもらわないといけないんだ。きみをたぶらかしたこと。きみの心を奪ったこと。きみに、《鏡》を作らせたこと」

「私、《鏡》なんて知りません。作ってません。私はただ、駒緒くんが好きだっただけ。でも、もう、それもいいんです。もう諦めます。だから、駒緒くんを許してください。私が悪かったんです」

 お願いします――涙を流す杏奈を眺める。

 決して、彼の前では泣かなかった彼女は、彼のために泣く。彼のために許しを乞う。

 その姿は、キリを苛立たせる。

 どうして駒緒なのか、キリには分からない。

 彼女が生まれた時からずっと一緒にいたのだ。自分は彼女の親なのだ。

 それなのに、どうして彼女が彼にそこまで執着するのか。彼が、何を持っているというのだ。

 行寺駒緒はその母親、行寺有理ゆうりのコネで学園への入学を許されたようなものだ。それでなければ、彼のように平々凡々とした者を炉端学園に迎えるはずがない。

 正確には行寺有理の父親と因縁があるのだ。駒緒の祖父には貸しがある。若い頃の、失敗から生じてしまった縁は、今も昔もキリに不利益をもたらす。

 いい機会だ。

 もう、その貸しも返済し終わっただろう。

 元々あの男は気に食わなかった。終始人をおちょくって楽しんでいるような、いけ好かない男であった。今なら、彼と対峙したとしても劣ることはない。

 なにせ、こちらには7人の息子と、それに連なる使える駒がいくらでもいる。

 駒緒を誘拐してしまった今となっては避けられない道である。衝動に任せたとはいえ、何も考えていないわけではない。あんな、落ち目の一族など――行寺など敵ではない。

 花梨が危惧していた父親と杏奈の衝突よりも更に大事になりそうなことを考えながら、キリは目論もくろむ。

 行寺を潰せるのなら、それに越したことはない。

 眠れる獅子のような扱いを受けている行寺家だが、現状どうだ。盛者必衰、彼らにはもう以前ほどの力はない。一思いに一族郎党、根絶やしにしてやろう。

 それが散々『世話』になった礼となるだろう――お礼参りといこうじゃないか。

 泣く娘の頭を撫でる。

――心配いらないよ、杏奈。

 全ては目紜キリの手の内にある。コマオなど、あのゴミのようなクズ人間のことなど。

「全部、僕が消してあげるからね」

 その言葉は、杏奈の心を滅多刺しにした。

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