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疑殆帯同  作者: 穏田
第一章
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1-1

 美しい娘が欲しかった。

 大きな瞳、雪のように白い肌、黒壇のように黒い髪。触れてしまった瞬間に溶けてしまいそうなそのはかない姿に赤い唇が映える。その禁断の唇は僕の目と心を釘付けにした。

 生まれいでた時に決めたんだ。この子は僕のもの。僕が守るべきもの。

 ああ、美しい我が娘。

 どうかそのまま。可憐なまま。

 誰にも見せず、死ぬまで僕の手の内にありますように。



******



 新聞紙を丸め、その周りを粘土ねんどで固めてリンゴを形取る。

 リンゴリンゴと呟きながら手のひらで転がしていたが、どうにも上手くいかない。長いこと丸めていた背筋を伸ばすと、背中と首がじんわり痛んだ。あー、飽きた。飽きちゃったよ、と周囲を見渡すとちょうど手の届く位置に学級委員長がいた。

「しまー。リンゴできねーよー。どうしてもボールになるんだよー。なぁ、しまぁ」

 机にべったり体を倒し、粘土の塊を持った両手をしまに突き出す。向かい合うように座りながらミシンを動かしていた彼女は、駒緒こまおを一瞬だけ視界に入れると微笑んで、すぐに作業を再開する。ペダルを踏むのやめろと手元の粘土を千切ちぎって投げるが「やめてよー」と適当にあしらわれる。

「はやくやっちゃいなよ、駒緒」

「終わらせたいのは山々なんですけどぉ」

 嶋は軽口に構っていられないほど忙しいらしい。駒緒は一人で話し続ける。

「俺、自分がかじる毒リンゴを自分で作ってるんだぜ。マゾかよってな。毒で死ぬって嫌だなあ。やっぱ死ぬときは老衰で慎ましやかに死にたいよな。苦しんで死ぬくらいなら苦しんで生きたほうがマシ」

杏奈あんなに怒られるよ」

「ほっとけよ、あのおこりん坊。すーぐ眉間に皺寄せるんだよアイツ」

 こーんな風にさあ、と真似してみせると嶋は取ってつけたように笑う。こりゃ駄目だ。まるで聞いてない。

 しかたなく出来損ないのリンゴに目を落とすと溜息が出る。縫い目のない野球のたまみたいだ。

 嶋以外に話し相手になりそうなやつはいないかと視線を巡らすが、皆下を向いて作業に没頭していた。大道具も小道具も仕上がるか分からず、演技すらままならない状況では、駒緒のように一休みしようと思う者もいないらしい。

 文化祭は2週間後だ。体育館の舞台で披露する演劇はメジャーなものがいい、脚本を書けるような人間もいないし。そう言ってやれロミオとジュリエットだ3匹の子ブタだと意見が出た。演目が白雪姫に決まった後も、侃侃諤諤かんかんがくがく、ああでもないこうでもないの末に、学校の図書室にあった絵本と寸分違わない内容に留まった。始めの頃はオリジナリティを出すべく頭をひねったが収拾がつかなくなってしまった。

 スタンダードが一番という結論が出た時にはもう遅い。準備に費やす時間がほとんど残っていなかった。つたない部分をギャグで補おうと、配役が男女逆転した。この苦肉の策が自分たちの首を絞めているのだが、今更後戻りはできなかった。

 じゃんけんで負けたため白雪姫役になってしまった駒緒は、そこらのドレスが入らない。部活で鍛えた筋肉が邪魔して借り物のウエスト部分が悲鳴を上げる。一部の女子が一からドレスを作ると言い始め、あーあ俺知らないぞと思っていたら案の定、この時期になっても完成には程遠い。最悪、黒の大きいゴミ袋に穴を開けてドレスと言い張るという意見も挙がっているため、見た目が白雪姫からシンデレラになるやもしれない。

 不器用過ぎて早々に衣裳制作係や道具係から手伝わなくていいと言われた駒緒はもう丸くて赤かったらリンゴだろうと紙粘土をこねくり回すのをやめた。

 俺は俺にできることをしよう。

 忙しそうなクラスメイトを尻目に、フラフラと廊下に出ていった。

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