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疑殆帯同  作者: 穏田
第二章
17/50

 僕の娘は何物にも興味を示さなかった。

 おもちゃには目もむけなかったし、僕のゲームはことごとく冷めた目で見られた。

 外でも遊ばない、家の中でも無表情。どれだけたくさんのものを見せても一瞥するだけで手も出さない。

 それが、彼女の本当だと思っていた。

 僕はそれでもよかった。感情の起伏が少ないだけで、彼女の幸せはどこかにあるのだろう。

 その思い込みは間違えたまま続いた。彼女が興味を持ったのは一つだけ。


――行寺駒緒。


 彼だけが彼女の世界を確かにした。

 彼女が仮面を被っていたわけじゃない。彼女はいつでも本音で一生懸命生きていた。

 僕はそれを、認めることができなかった。




*****




 駒緒が彼の名前を知ったのは、中野の告白を断った次の日のことだった。

 中野から告白され、杏奈から告白されたその日の放課後。いつもは運動場で友だちと遊ぶが、その日ばかりはそんな気分にはなれなかった。

 返事をした時、彼女は大いに泣いた。

 そんな彼女の姿は見たこともなく、どうしたらいいか分からない。登下校を共にしている佳乃が、いつまで経っても中野が現れないので、駒緒たちの教室に様子を見に来るまで彼女は泣き止まなかった。

 睨みつける佳乃は言外に駒緒に出ていくよう告げていた。

 杏奈は分かっていたのだと知る。

 あの場で泣いたら駒緒がどんな気持ちになるか――彼女は駒緒のことをよく見ている。おそらく彼女自身のプライドも要因だろうが、ともかく杏奈は踏み止まった。

 自分の感情より駒緒を優先した。彼女は一度決めたことは変えない。生来頑固な気質を持っていた。

 駒緒は、とぼとぼと肩を落としながら帰り道を行く。

 中野とは友だちでいれないだろう。杏奈とも。

 自業自得だ。自己中心的な対応をした報いだと思った。

 もちろん2人以外にも友人はいたが、親友と呼べるのは中野だけであった彼はしばらく寂しい日々を過ごすことになるだろう――そのはずだった。

「行寺駒緒くん?」

 静かに横付けされたワンボックスからお兄さんが話しかけてきた。

 胡散くさい紳士風で、スーツを着ていたがネクタイが黒。たしか黒いネクタイはお葬式のときに使うんだったよなと、駒緒は胡乱げな視線を向ける。

 線香のにおいはしなかった。ひたすらに胡散くさい。

「おにーさん誰っすか」

「行寺くん?」

 オウムかよ。

 数時間前の自分を棚に上げて、そう思う。

「違います」

 立ち去ろうとする。

 最近は物騒ですから。誘拐犯なんてこともないこともないかもしれない。

「おい、いたぞ」

 お兄さんが後部座席に声をかける。

 話を聞かないタイプの人間らしい。

 そんなことよりも、これはまずいと足を速めた。名前と顔が割れている。お兄さんが駒緒が知らない親戚という可能性も捨てきれないが、本能が警鐘を鳴らすのだから仕方がない。

 彼の通う学園とは、いわばブランドなのだ。

 そこに通っているというだけで価値がある。その頭脳に、才能に、価値が付随する。

 学園生になるということはつまり、確かな鑑定書が付くのと同じ。評価の違いはあっても一定以上なのは間違いない。

 それゆえ、誘拐事件も過去に起きている。大半の生徒はお金持ちのお坊ちゃんお嬢ちゃんなので、学外ではボディーガードのついている彼らは誘拐の心配などなかったが。

 駒緒のように一般家庭からの生徒は珍しい。珍しいが故に狙われる。対策案もいくつか挙がっているが施行には至っていない。

 急ぎ足から走り出す駒緒をゆっくりとワンボックスが追う。わき道へと駆け込んだ。

 振り返ると5、6人の男たちが追ってきていた。

 そりゃ乗ってますよねえ! ワンボックスですから!

 車では追って来れないから安心だ、などと思った自分の頭の悪さを呪った。

 息が切れて、足も絡まり始めた頃に悠々と男たちは駒緒を捕まえる。

 担がれた彼は叫ぼうとするが、その前に口を塞がれた。暴れる手足を抑え込まれ、ワンボックスへと放り込まれる。全員が乗り込むとすぐに発進した。

 今からでも叫んでやろう。

 腹に力を入れると丁度そのタイミングで殴られる。息が詰まって体を丸めるが、崩れ落ちる前に髪の毛を引っ張って顔を上げさせられた。

「気絶しないんだけど」

「漫画の読み過ぎ」

 苦しげに息を吸う駒緒を尻目に男たちは呑気に言葉を交わす。

「クロロホルムは?」

「ねーよ」

 リアリティーがねぇと言い、要は騒がれなきゃいいんだろ――そう言うのは先程話しかけてきた喪服男。

 よく見れば男たちの年代は大分バラけている。10代から30代くらいの7人の男たち。その中で最も若い男――少年と言っても差支えない彼は「舌抜いちゃえば?」と恐ろしいことを言う。

「まさか」

 駒緒の髪を掴んでいる男が鼻で笑う。「それは駄目だって言われただろ」

 言われてなかったら抜かれていたのか。

 あれこれ言い合う男たちは様々に案を出し合うが、そのどれもが駒緒を痛めつける内容だった。

 最終的な決定を下したのは運転席の喪服男だ。

 運転をしながらバックミラーで後部座席の様子を見ていた彼は、信号待ちのついで、とでもいうような気軽さで言う。

「黙るまで殴れよ」

 名案だと彼らは顔を見合わせる。

 何が名案だ。たまったもんじゃない。

 駒緒は暴れる。しかし、既に『名案』を採用した彼らは遠慮なく殴ってきた。鼻が曲がって右足が痺れて動かなくなったあたりで動けなくなる。ぼんやりぼやけた視界の中で人影がうごめいた。

 殴られた眉尻が異様に腫れ上がって目蓋まぶたを圧迫する。

 身体中が痛んできしむ。

 意識を保っていられない。

 自分の体が殴られている音を聞きながら、駒緒は気を失った。

次話 3/26更新(多分)

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