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疑殆帯同  作者: 穏田
第二章
12/50

3-2

「雪降ってる」

 前の席の生徒に消しゴムのカスを投げている最中に誰かが言った。窓側の席の駒緒は外を見る。

 灰色の空から、はらはら粉雪が舞い落ちる。窓に息を吹きかけて、文字を書いた。みゆう、あほ。

 前の席の美優はそれに気付き、駒緒の頭をはたいた。大袈裟に痛がってみせる。

「すぐ手を出すのやめてって」

「言葉の暴力とただの暴力、どっちの罪が大きいと思う?」

「ただの暴力」

「正解は、女の子に暴力を振るうほうが悪いのよ」

「女子ってそういうこと言うからなぁ」

 実際は痛くも何ともない頭を押さえる。俺は心と頭が痛いよと言えば、彼女は鼻で笑った。

「しかし、寒くてたまらんな」

 今まで美優に口で勝てた試しがないので話題を変える。雪が降っていると知った途端に寒くなってきた。

「職員室にいる先生に頼んで暖房つけてもらおうよ」

「行こ」

「嫌よ。行ってきて」

 予想外の返答に目をむく。もちろん美優もついてくるものだと思っていた。本気で言っているらしい。

 しばらく美優の腕を引っ張ったり、立たせようと奮闘したが、びくともしない。イスにお尻がくっついてるかのようだ。尻の重い女め。

「中野」

「やだ」

 まだ手紙を書いている中野を誘おうとしたら、用件を言う前に断られた。

 薄情だ。

 気が付けば、クラスメイト達が1人立ち尽くす駒緒を期待の目で見ている。誰も、ここより更に寒い廊下になど出たくないらしい。

 駒緒以外は意見が一致しているようだった。俺だって行きたくない。

 ぐずぐずしている様子に痺れを切らしたのか、クラスメイトの1人が手袋を渡してきた。

 それをきっかけに、マフラーで首をぐるぐる巻きにされる。制服のポケットには使い捨てカイロが何個かねじ込まれた。

「行くよね?」と、さっきまで知らんぷりしていた美優が偉そうに訊いてくる。

 行けないとは言えない声音だった。助けを求めて中野を見やる。

 彼女は手紙を封筒に入れていた。駒緒の視線に気付くと、まだいたの? と言わんばかりに驚いた顔をされる。

 味方がいない。

「行ってきます」

 そう言うと、誰も彼もが他人事のように励ましてきた。

 教室のドアを開けると、まず顔に冷気が当たる。鳥肌が立ったのが分かる。その場から動けないでいると「はやく閉めろ」とヤジが飛んできた。

 手袋をはめた手は、つるつる滑ってドアを閉めることに難儀する。やっとこさ閉め終わると、僅かに開いた隙間をピシャリと埋められた。

 縮こまりながら職員室を目指す。

 廊下には人っ子1人いない。他のクラスを覗くと板書する教師の姿が見えて、咄嗟に身を屈めた。

 自分のクラスは自習だとはいえ、授業中にこうして出歩くのはいけないことをしているような気分だった。

 背中を丸めて、こそこそ歩く姿はまるでコソ泥だ。ふわふわの手袋を頬にあてると若干温かくなったような気がする。

 そうして寒さを紛らわせていると、前方に誰か現れた。

 お手洗いに行っていたのだろう。遠くて顔が判別できない。 

 どうやら女子のようだ。

 彼女のほうは駒緒が誰か分かったらしい。パタパタと軽い足音を立てて、走り寄ってくる。

 大分近くまで来て、駒緒にも相手の正体が分かった。

「どうしたの、その格好」

「うん。ちょっとな」

 杏奈は首を傾げる。

「お外行くの?」

 まあ、そう思うだろう。

 駒緒は簡単に経緯を説明する。言い出しっぺの美優が頑として動かなかったことを特に訴えると杏奈はクスクスと笑った。

「仲良いのね」

「あいつ、俺のこと子分か何かだと思ってんだよ」

 憮然とする駒緒とは対照的に杏奈は楽しそうだった。

 そういえば、彼女こそ美優と仲が良かったなと思い出す。誰とでも上手く付き合っているが、その実親友と呼べるような存在は少ないようだと、あまり関わったことがない駒緒でも何となく知っている。

 彼女に関することは広まるのがはやい。

 ふと、辺りを見回す。

「今ひとり? 友だちは?」

「置いてきた」

 いたずらっ子のように、にいっと笑う。「お手洗いまでついて来られてもね」

「面倒なら言えばいいだろ」

「そうもいかないのよ」

「ふーん」

 駒緒は彼女の唇が震えていることに気付く。先程山ほどもらった使い捨てカイロを渡した。ありがとうと言って、彼女はそれを両手で包んだ。

「教室戻りなよ。ごめんな、長々と話して」

 そろそろ職員室に行かないと授業終了のチャイムがなってしまう。教室で待っているクラスメイト達も凍えてしまうだろう。

「私もついてく」

 背後からかけられた言葉に駒緒は呆れて振り返った。

 そして同じくらいの高さの目に頑固そうな色を見つけて、彼女は噂に聞いていた性格とは違う面も持っていることを知る。こういう人間には何を言っても無駄だ。人の意見など毛頭聞く気もないだろう。

 駒緒はその瞬間に諦めた。

 しかたなくマフラーを解いて彼女の首に巻いてやる。その細い首はいかにも冷たそうで見ていられなかった。

「もし杏奈ちゃんが風邪とかひいたら、俺が他の人にやいやい言われるんだけど」

「体は丈夫なの」

「嘘つけ」

 持病云々の事情で幼等部から入らず、小等部からの編入と聞いたことがある。

 杏奈は不思議そうな表情をして、駒緒の苦々しい顔を見つめ返す。

「本当よ?」

「あ、そう」

 さっさと行って済ませてこよう。

 杏奈ファンクラブに文句を言われるのも嫌だが、何よりここで無駄に問答して杏奈が体調を崩してしまったら大変だ。

 駒緒が再び背中を丸めて歩いていくと、それを見た杏奈は「曲がってるわよ」と背中を叩いた。

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