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行寺くん、と彼女は呼んだ。
いつも控えめに呼ぶ声は彼女の性格をよく表していた。一歩引いていて、積極的ではない。しかし彼女の言動には一本筋が通っていた。中野は、芯の強い女の子だった。
炉端学園小等部は他の学校と比べて、学力が高い児童が多かったが、精神的には同年代と何も変わりがなかった。男女で仲が良いものがいればからかう。1年次から3年間同じクラスで、近い席になることも多かった駒緒と中野は、その対象になりやすかった。
中野は常に「行寺くんに失礼でしょう?」と返していた。そう言えば、大抵は何と返事したらいいか分からずに言葉に詰まる。彼女はその間に「もうこの話は終わったわよね」と言わんばかりに立ち去った。
うまい返答の仕方だ。大人っぽいと、それを聞いて駒緒は非常に子どもらしいことを思った。
何が失礼なのかとは訊かなかった。
「先月、」
隣の席で、ノートの上にピンクの便箋を置いて書きこみながら、中野が突然話しかけてきた。彼女はそういうところがある。
駒緒は鉛筆を削る手を止めて、うん、と返事をした。
「叔父が亡くなったの」
「うん」
「だから学校を休んだの」
今日は2月9日だ。彼女が休んだのは確か1月末日だった。
そんな前のことが何だというのだろう。表面にキャラクターが印刷された鉛筆を転がす。大吉から大凶までが6面それぞれに振られている。
末吉だった。微妙。
「お葬式かぁ」もう一度、転がす。
「叔父も叔母もわたしをすごく可愛がってくれてて、悲しかった」
「そっか」
大凶が出た。
駒緒はがっかりして鉛筆を筆箱にしまう。
彼女の話の終着点はどこだろう。何を言いたいのだろうか。
「でも、叔母の落ち込み方はわたしよりずっと……後を追ってしまうんじゃないかと思った。きっと、叔父さんのことが大好きだったのね」
「そりゃそうでしょ」
結婚までするのだから。生涯を誓うのだから、誰よりも愛していたのだろう。
「昔は結婚相手が決まってたって母から聞いたけど、今はほとんどの人が恋愛して結婚するでしょう? 好きな人が見つかった人は幸せだと思ったわ。失う悲しさは相当なものだけど、わたしは羨ましいと思った」
「へえ」
そんなことを言われても反応に困る。
やはり彼女はちょっと違う。駒緒なら、親しい人が亡くなったら悲しくて悲しくて他のことは考えられない。ただ、そういった経験がない彼にとっては、どこか現実感のない話だった。
「行寺くんはこの先の人生で、そんな相手が現れると思う?」
「結婚相手? うーん……」
「分かんないか」
中野は愛想笑いのような変な顔をした。
「好きなやついるの?」
「うん?」
横顔が赤くなる。
そうかそうか。駒緒はにんまりした。
「何組?」
「……言わない」
「イニシャルは?」
「ひみつ」
中野はそれきり、駒緒が何を言っても何も答えてくれなかった。
機嫌を損ねてしまったかと顔色を窺ったが、そういうわけではないらしい。単に彼女の中で、この話はここまでだったのだろう。
女子はませてるなぁ。
ぼうっと黒板を眺める。『自習』と大きく書かれた綺麗な字は、学級委員長の嶋のものだろう。
授業終了まで、まだ20分もある。
駒緒は前の席の生徒にちょっかいを出し始めた。
だから彼は気付かない。
中野は駒緒を見つめて、静かに溜息を吐いた。




