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疑殆帯同  作者: 穏田
第二章
10/50

 杏奈は学長の娘である。

 彼女に関する噂話はすぐに広まった。

 才媛で見目麗しく、揺るがない後ろ盾がある。

 まさに完璧。全てを持っていると人々は口々に言った。

「でも、持病があるらしくて――」

 それゆえに、唯一の欠点ともいうべき一点は集中的に指摘された。付け加えるように、何てことないかのように言う。そこには少しのひがみと優越感。

 この学園にいる者は大抵、とんでもなく自尊心が強いか、そんなものには興味がない者のどちらかだ。

 前者は言う。

 それさえなければ、彼女は本当に人形のようだ、と。まるで作り物のように、『失敗していない』。

 さぞ、本人はお高くまとっていることだろう――彼らは彼ら自身に当てはめて考える。もし、自分がそんな万能に近い存在だったらと夢想する。彼女は、嫌なヤツであるべきだ。

 性格まで整っていたら、自分は何を誇ったらいいのだろう。

 そこまで考えて、身震いする。

 そんなこと、あってはならない。

 駒緒は耳から入ってくる情報を必死で聞いた。大抵は憶測や心無い作り話ばかりであったが、全てを知っておきたかった。

 誰もが興味深々だった。

 そして――彼女は期待を裏切らない。

 皆、思っていたのだ。幻想を抱いていた。心のどこかで、彼女は芯まで白いことを望んでいた。

 だって、そうだろう。

 人は汚く醜いものをはやし立て、喜んで見世物にするが、一方で純真で純白なものを愛する。

 矛盾した精神に見て見ぬふりをして――否、気付かないのだろう。まさか、そんな齟齬そごが自身の胸の奥にあるはずがないと信じて疑わない。

 何とも滑稽。哀れ。

 彼らは幼さゆえに、そのいやしい本音を上手に隠す術を持たない。

 ただ、他人の卑しさ、浅ましさに自身を見て、自重を覚える。

「杏奈ちゃん!」

 誰かが呼ぶ。

 杏奈は微笑みを浮かべて返事をした。

 彼女は白。

 汚れを知らない純真無垢。

 入学後、杏奈に近づき、勝手に判決を下した者たちが口々に言う。

――杏奈ちゃんは、とっても良い子。

――優しくて穏やか。

 彼女はまるでアイドルだった。ファンクラブと名乗る信者も出てきた。

 そうなっても、杏奈は謙遜する。

「私はそんなにすごくない」

 そうして、また信者ファンが増えていくのだった。彼女は駒緒と同じく編入組だったのにも関わらず、どんどん友だちを増やしていった。

 周りが熱狂的になっていくのに比べて、駒緒は落ち着いてその様子を見ていた。彼とて、杏奈の魅力にやられた1人ではあったが、彼らを見ていると何だかその仲間入りをするのは躊躇われた。

 駒緒は、編入生たちと固まって行動することが多かった。入学式の日の排他的な雰囲気をまだ覚えていた。

 あれの片鱗を感じることは、未だに慣れない。

 彼の炉端学園での日々は過ぎていく。

 そのうち編入組の中でも特に、中野という女子と仲良くなった。

 ほっそりとして、どこか骨張った印象のある彼女はとても話しやすく、気兼ねしなかった。おそらく彼女がいわゆる選民意識やらプライドやらを持ち合わせていなかったからだろう。どちらかというと劣等感寄りだった。

 彼は、小等部3年までをほとんどを彼女と過ごし、遂に杏奈と接する機会は4年生に上がるまで一度もなかった。

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