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-6-死を跨ぐ

多人数参加型学生クエストの準備期間でも、授業は普通にあった。

準備期間二日目も学院に通い、いつも通り授業を受けた。

授業が終わり、さあ帰ろうと言う時に、とある先生に話しかけられた。

「オルグレンくん、こんにちは」

「あ、こんにちは、マートル先生」

話しかけてきたのは、今回の多人数参加型学生クエストで担当となっていた、目が覚めるほど美しい女の先生だった。

会議では司会進行役をしていた。

淡い赤色の髪の毛と、春の光のように優しい薄緑の瞳の綺麗な女の人だ。瞳の中には、葉脈のようにかすかな緑色の虹彩が見てとれ、無機質な美しさを感じさせた。

「どう?多人数参加型学生クエストの準備は。順調?」

にこにこと笑いかけられ、思わず頬が緩む。

「ええ、必要なものは揃いました」

「それは良かった。

そうそう、オルグレンくんにたのみごとなんだけど、多人数参加型学生クエストにローズちゃんに参加して欲しいの」

「え、なんでですか?」

「それが、ダメージディーラーの一人が都合が悪くて参加できなくなっちゃって……。

だから、ローズちゃんを急遽ダメージディーラーの補欠としてパーティーに入って欲しいのよ。

どうかな、ローズちゃん」

「マスターが行かないなら行かないです」

むすっとした表情でローズは答えた。

「俺が行っても戦えないから足手まといになるけど……」

「マスターがいなきゃ嫌です!」

何故かいつもより不機嫌なローズに圧倒されて、結局ついていくことを了承してしまった。

「そう、良かった!

じゃあ、オルグレンくん、ローズちゃん、よろしくねっ。

あ、これから会議があるからもう行くね。

じゃあ、また明日ね」

ソータは最後まで微笑みを絶やさない先生に頬を緩めながら、ひらひらと手を振って、会議室に行くのを見送った。

先生の姿が見えなくなると、ローズが体をぶつけてきて、足をむんずと踏みつけた。

「いたいっ!」

「ちょっとセクシーで魅力的な女性だからって、クラクラしちゃって、ふんっ」

くるんと身を翻すと、スタスタとローズは去っていってしまった。

「おいっ、ローズ!」

さっさと学院から出たローズのあとを、ソータは慌てて追いかけた。



いよいよ多人数参加型学生クエストの日、女帝の気分が優れないのか、どこかどんよりとした空模様だった。

そんな中でも、まばゆい微笑みで皆に笑いかけるマートル先生に、男性陣はでれでれとだらしない顔で説明を聞いていた。

「さあっ、みなさん集まりましたね?

では、今からアロ大森林にいくのでムービュス(移動する)の魔術を使う人は準備してくださいねっ」

にこにこと笑いながらマートル先生は一人一人に声をかけ、挨拶していく。

「あっ、オルグレンくんっ!

おはよう!」

「おはようございます、マートル先生」

先生の優しげな緑色の瞳が悪戯っぽく弧を描き、背筋がぞくぞくと震えた。

「これ、オルグレンくんのために、私特製・魔力回復の水、作ったんだ!

よかったら、ユニコーンと戦う前に飲んでほしいな」

先生は小さな陶器の小瓶を取りだし、手渡してきた。

先生の爪が手を軽く擦れるように触れ、心臓が口が飛び出る程胸がドキンと脈打った。

「あ、ありがとうございます」

先生はニコッと微笑むと、次の人へと挨拶しにいった。

ぼんやりとその様子を見送ると、唸り声が聞こえてきた。

下に視線を向けると、ローズが瞳一杯に怒りの炎を燃えたぎらせていた。

「ロッ、ローズ?」

射ぬくように鋭くきつい睨みがソータに向けられる。

恐ろしいことに、ローズはなにも言わずに側に佇むだけで、足を踏むことはなかった。

「ではっ、移動の準備が整ったようなので、皆さんで手を繋いで円になってください。

移動は二回に分けて行うので、まずは最初の移動を行うかただけで繋いでね」

ソータはそろそろとローズの手を握り、片方の手でマックスの手を握った。

ムービュス(移動する)の魔術よ、私たちの願いに応え、示す場所へ導きなさい』

移動の術が唱えられると、くらりと目眩がして、一瞬のうちにアロ大森林まで移動していた。

視界の端でローズが傾くのに気付き、さっと身体を抱えあげた。

「大丈夫か?」

「んー……。はい、目眩がしただけです」

ローズをそっと地面に下ろし、周りを伺う。

何でも入る底無しのポケットから探知機を取りだし、ユニコーンの位置を探る。

「結構近くにユニコーンがいるようだ。

だから、今からバフ系の術を掛け合おう」

二回目の移動でちゃんと全員揃ったのを確認すると、それぞれが決められたとおりの担当で、術をかけあった。

「ローズは俺とマックスとリンの担当だよね」

ローズの持つ力の一つ、草花のもつ効能を吸いとり、その効能をブレスとして吐き出すという力は、バフ系の術としてよく使われていた。

また、どんな草花でも芽吹かせることができる力は、攻守に優れ、凡庸性が高いためよく使われている。

例えば、今のように、ローズは腕に這わせるように花を咲かせ、生えてきた花を摘み取り、もぐもぐと食み始めた。

そして、ふうっと、優しくソータとマックスとリンに吹き掛けた。

先程食べていた花びらも混じったブレスは、身体能力を高める効果で三人を包み込んだ。

「ありがとう、ローズ」

ローズは唇を綻ばせて笑ったが、すぐにきゅっと顔をしかめた。

その後、魔力回復の水を作ってもらい、魔力を消費した人はそれを飲んで力を回復した。

ソータも力は消費していないが、マートル先生に貰った魔力回復の水があるのでそれを飲んだ。

少し苦味を感じて飲み込むのに苦労した。

「よし、じゃあ、早速タンクはユニコーンに攻撃を仕掛けてくれ」

タンクが木々を縫うように駆けていき、無事にユニコーンの注意を集めると、ダメージディーラーが思い思いの方法でユニコーンに攻撃し始めた。

盗賊のリンとマックスはこっそりとユニコーンに近づいている。

ローズも茨の鞭でユニコーンを攻撃している。

せめて俺は邪魔をしないようにと、ローズの側を離れようとしたとき、全身から汗が吹き零れた。

そして、体が急速に熱を持ち始め、魔力が体に渦巻き始めた。

「ぐうっ……」

地面に倒れ、胸をかきむしる。

「マ、マスターっ!?」

体から魔力が染み出ていく。

今やソータの体は小さな太陽のように発光し始めていた。

「ま、まさか、魔力暴走が……!」

ローズは魔術を使い、声を大きくすると、「みんな!自分を守る盾を作って!」と絶叫した。

その言葉からきっかり十秒後、ソータの体から容量オーバーした魔力が波状に広がり、辺り一面を灰へと変えた。



「……だから、そんなこと、貴女には関係ないです!」

「おい、ローズ、落ち着けよ……」

ぐるぐると世界が回る感覚に吐きそうになりながら何とか目を開けて、頭を覚醒させると、喚くローズの声が飛び込んできた。

「私はね、オルグレンくんのことを思っていってるの」

「ふんっ、マスターに色目を使ってるの間違いじゃないんですか?」

「ローズ!」

会話を聞くと、どうもマートル先生とローズが言い合っており、マックスが仲裁をしているようだった。

「ローズ……」

ローズに呼び掛けようとしたが、金属が擦れたような声しか出なかった。

だが、ローズはそれで気付いたのか、ホッとした表情で駆け寄ってきた。

「マスター……!良かった……。

体調はどうですか?」

「頭をハンマーでめちゃくちゃに叩かれてる気分だ。

それより、何があったんだ?」

「マスターは何故か魔力を暴走させてしまったんです。いつもだったら魔力をおもらしする程度なのに、今回はすぐに魔力を爆発させたみたいで……」

おもらし、と形容されて思わず眉をしかめるが、何も言わずに続きを促した。

「魔力の爆発のせいで辺り一面は灰となってしまいました。もちろん、ユニコーンも。

でも、他の人には盾を作るようにいっていたので、幸いなことに怪我人はでませんでした。

ユニコーンを塵にしたあと、私たちはマスターを抱えて、学院の病院へと連れてきたんです」

「なるほど。

でも、俺は昨日も今日もちゃんと魔力抑制剤を飲んだのに、何故暴走したんだろうか」

ローズが口を開いて何か言おうとすると、部屋の扉が開き、マートル先生が医者を連れてきた。

ローズはムッとしたようだが、静かに部屋の隅へと避けて、じっとマートル先生を睨んでいた。

医者はあちこちを検査したあと、頭痛を治す水薬をくれた。

水薬を飲むのを確認すると、医者はすぐに出ていった。

「オルグレンくん、大丈夫?」

「はい、マートル先生。

ご迷惑かけて申し訳ありません」

「いいのよ」

先生は優しく微笑み、目にかかっていた前髪をそっとかきあげてくれた。

「それより、さっきローズちゃんにも言ったことなんだけど……」

「マートル先生には関係ないって言ってます!」

先生の言葉をローズは切り裂くように遮った。

その瞬間、先生とローズの間にすーっと冷たい空気が流れる。

「はーい、はい、そこまで。

先生、ここは引いてくれませんか?

あとは俺がどうにかしますんで」

マックスがさっと間にわって入った。

ローズが勝ち誇った笑みを浮かべるが、次に続いたマックスの言葉にまたムッとした。

「ローズも、引いてくれ。

気を悪くしないでくれよ」

ローズがこちらに助けを求めるように見つめてくるが、首を振って追い出した。

先生もすぐに出ていった。

部屋に残ったのはソータとマックスだけになった。

暫く沈黙が続いたが、マックスが根負けしたように話始めた。

「先生の話だけど、お前の魔力保有量は計測できないほど多いらしい。それは多分、魔力抑制剤なんかじゃ追い付かないほど。今はまだ大丈夫かもしれないが、成長するにつれて魔力は増えていき、抑えが効かなくなるだろう、って言ってた。

それで、今すぐにお前は新しい人形を造るべきだって」

「新しい人形?」

「そう。

お前の魔力を溜めるための人形。

魔力を溜め、それを消化、もしくは無効化できる人形を」

マックスは立っているのが辛くなったのか、座って貰おうと飛び込んできた椅子に腰かけた。

「そんな都合のいい人形なんて、造れない」

「いや、造れるはずだ。

人間の術師っていうのは、言霊の精霊が宿った人形がなければ詠唱しても魔術にならないんだろ?よく知らないけど」

「え?ああ、そうだ。」

唐突に話が飛び、少し驚いたが、マックスが何も言わないので術師について説明をした。

「世界にはアニムスと呼ばれる力が溢れている。

術師はそのアニムスを操り、炎を作り出したり、呪いを作ったりする。

そのアニムスを操るのは、こうして欲しいという思いをアニムスに示さなければいけない。

その方法は詠唱だったり、陣を作ったり、舞を踊ったりするんだ。

でも、詠唱といっても、人間の言葉にアニムスは反応しない。

だから、人間の術師たちは、言霊の精霊に力を貸してもらい、アニムスを操るんだ。

で、その言霊の精霊がなんだっていうんだ?」

「その言霊の精霊を宿らせる人形、それを造るのが人形師の仕事だ。

ここで、その人形師であるお前に質問だが、言霊の精霊が宿る人形はどんな素材でできている?」

次々と話題が飛ぶのを訝しく思いながら素直に答える。

「言霊の精霊が宿る人形は必ずオーダーメイドで造る。

まあ、中には大量生産のやつもあるが……。

とにかく、その人形を作ってほしいと頼んできた人の力を布に浸透させた物を使って造る」

「それは何故だ?」

間髪いれずに質問をしてくるマックスに少しイラつき始める。

だが、マックスはそのブルーの瞳を細めるだけだった。

「言霊の精霊の宿る人形が他の術師に操られないように、人形を持つ人だけの力を通すためだ。

詳しい過程は言っても分からないだろう?」

「ああ、それだけでいい。

つまり、お前もそんなふうに人形を造れば、お前の力を溜めるための人形ができるだろう?」

思わず溜め息がこぼれた。

マックスは訝しげに眉をひそめた。

「造れるだろうさ、俺が昔考えたように。

だけど、俺はそうしなかった。

何故だかわかるか?」

マックスは分からないというように肩をすくめた。

「人形師っていうのは、魂が宿る人形をつくる事ができる者を指す。

それは、言霊の精霊が宿る人形だったり、あるいは、ローズのように生きていた誰かの魂であったり。

ローズはもともと、四精霊の一人、ノームだった。だが、俺が造った人形に入り込み、今では俺に付き従い、側で支えてくれている。

普通の人形師は、ローズのような高位の魂を宿す人形を造れない。そういう人形はまさしく奇跡の力でできる。それに、何故高位の魂が宿る人形が出来るかは未だに分からない。

だからこそ、ローズのように、高位の魂が宿る人形を造れる者は、普通の人形師よりもずっと人形を大切に考え、人形を自分のことに利用したりしないんだ。

ましてや、自分の魔力を抑制するような、魂を、人形を利用することは絶対にしない。

それに、人形にされた魂は、もとはローズのように、そして今の俺達ののように、生きていたんだ」

暫くマックスは何も言わずにじっと考えていたようだが、こちらを挑むように見つめ、再び口を開いた。

「じゃあ、何故ローズを造ったんだよ」

「あの時の俺は、そう、お前がいうようにマトモじゃなかった。

ローズを造ってしまい、俺の従者のようにしてしまったことを俺は後悔している。

だから、俺は二度と同じ過ちを起こさない」

自分に言い聞かせるように、ゆっくりとそう言った。

けれど、何故か自分の中で、もう一人くらい造ってしまえという感情が渦巻いていた。

(いいや、そんなことをしてはダメだ)

そう必死に言い聞かせても、悪魔の囁きのようにその言葉は心に浸入してしまう。

「俺は、ローズを両親が造った最後の人形として住民登録をした。

そんな俺が、新しく人形を作ったら、高位の魂を宿す人形を造れるものとして見なされてしまう」

頭の中の考えを振り払うように、頭を左右に振る。

「見なされるとどうなるんだ?」

「少なくとも、普通の生活は送れなくなる。

かつて、最愛の妻を亡くした男がいた。その人は、妻を生き返らせたくて、人形師に妻の魂を宿す人形を造ってくれと頼んだ。

その人形師はそれをコトワッタガ、それから、人形師に死者を生き返らせてくれという願いが殺到した。

それを知った政府は、高位の魂を宿す人形を造れる人形師に、そう言った人形を造ることを禁止したんだ。それでも造り続けるやつは抹殺された。

もし俺が政府に目をつけられたら、俺もそうなるだろう」

説明しながらも、やはり自分の中で造ってしまえと囁き声が聞こえる。

また両親の遺品だと言えばいいだろう……?

ぐるぐるとその考えが頭の中を支配していく。

(俺は……、俺は、狂ってしまったのだろうか?)

もんもんと考えに耽っていると、マックスが何かを呟いた。

「え?何だって?」

「いや、なんでもない。

お前のいうことも一理あるし、理解できる。

だが、俺はお前を死なせやしない。

お前がむざむざ灰になって消えていくのを黙って見てることなんめできない。

だからソータ、新しい人形を造ることを考えに入れていてくれ」

「ああ、ありがとう、マックス」

二人で疲れたように微笑みを交わし、マックスはソータの家に、俺は病室に泊まることにしてその日は別れた。

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