-5-作戦会議
今回の多人数参加型学生クエストの討伐対象は、獰猛なユニコーンだった。
ユニコーンは紺色の瞳をもち、純白の馬の姿をしている。ライオンの尾、牡ヤギの顎鬚、二つに割れた蹄、額の中央に螺旋状の筋の入った一本の長く鋭く尖ったまっすぐな角が鎮座している理知的で勇敢なこの生き物は、怒らせると非常に厄介である。
普段、ユニコーンはあまり人の前に現さず、独特の文化をもって暮らしいているが、たまに狂ったユニコーンが現れて、度々女帝の額にしわを刻む悩みの種になっていた。
「では、戦術師の方、あ、今回はソータ・オルグレンくんですね。
前に出て作戦を練るリーダーになってください」
「はい」
ソータは名前を呼ばれたので、ローズをマックスに預け、椅子付きの絨毯に乗って中央へ移動した。
「先生、今回は後輩に副リーダーになってもらいたいのですが、いいですか?」
「ええ、構いませんよ」
軽く頭を下げて、後輩のアルドーを呼んで側に居させ、作戦会議を始めた。
集まった人に作戦案や意見を発表してもらいつつ、作戦を作っていく。
色々と案もまとまり、アルドーと細かな点を修正して出来上がった作戦を、皆に聞こえるように発表することにした。
余談だが、この会議室には声が隅々まで届く魔術がかかっており、端にいる人にも充分作戦内容が聞き取れるようになっていた。
「今回の作戦内容が決まりました。
まず、例のユニコーンがいるアロ大森林まではムービュスの魔術が使えるものに頼みます。
アロ大森林についたら、ユニコーンの位置を調べ、その場所まで向かいます。
ユニコーンを発見したら、すぐには攻撃をせずに、まずはバフ系の術――ポジティブな効果が持続する術―― を掛け合います。
また、周りに脅威となる敵がいたら戦闘不能、あるいはそれに近い状態にさせてください。
その後、消費した力を回復します。この時、魔力回復の水を作れる術師の方が必要ですので、後でそれができる方は俺の所まで来てください。
これらが終わったらユニコーンと戦闘に入ります。ユニコーンと戦闘するにあたり、広い場所が欲しいですが、もしなければ特殊な場所での戦闘になりますので、そのための準備をしておいてください。
大体の流れはこんな感じです。
次に、パーティー構成です。
タンク(盾役)は二人。交互に敵の注意を引き付けてもらい、攻撃を受けてもらいます。
ヒーラー(回復役)は二人。
ダメージディーラー(攻撃役)は四人。敵の注意を引かない程度の攻撃を行ってください。
盗賊が二人。ユニコーンの角を盗んでもらいます。
戦闘には加わらない、ムービュスの魔術が使える人を一人、魔力回復の水を作る人を一人。
以上計十二人を一つのパーティーとします。
次に、誰がどの役をするかですが……」
その後の会議も順調に進み、ようやく終わった時には下校の時間になっていた。
先生がパンパンと手を叩き、終わりを告げた。
「よし、じゃあ、今日はこれで解散にしましょう。
あ、そうそう、準備期間を二日作るから、しっかり準備してきてね。
えーと、だから……四日のいつも通りの登校時間にこの会議室に集合ね。
じゃあ、解散!」
会議が終わって、少し先生と細かいことを話し合ったあと、マックスとローズのところに向かった。
「マスター、お疲れさまでした」
「ありがとう、ローズ」
労ってくれたローズを抱き上げ、マックスに向かい合った。
「お、ソータ、ちょうどいいところに。
今リンたちと話しあってたんだが、多人数参加型学生クエストで一緒になるんだから、親睦を深めるために、一緒に食事でも行かないかって感じになったんだ。
お前も来るだろ?」
「ああ、是非行きたい」
「そう言うと思って、もう返事しといた」
にやにやと笑いながら肩に腕を回してくるマックスを払いのける。
「そうか。
まあ、お前のことだ。リンと食事なんて勇気がでないだろうから、俺を呼ぶのは分かってたけどな」
「何がいいたい」
「リンってすごくかわいいよなって!」
睨み付けてくるマックスに、肩をすくめてみせて、続ける。
「お前が熱心にリンを口説こうとしてたことくらいお見通しさ」
赤面したマックスが喚きながら殴ろうとしてきたので笑いながら避けつつ会議室をでた。
「おい、どの店でやるのか知ってるのか」
「知らない」
「へべれけマーメイド店だ」
思わず立ち止まってマックスをみる。
それからどちらともなく吹き出した。
「変な名前の店ですね」
困惑しながら言うローズに更に笑えて、マックスと一緒にゲラゲラ笑いながら歩き始めた。
*
へべれけマーメイド店についた三人は、早速リン、モニカ、バルトのいる場所へむかった。
左側にはローズ、リン、モニカが座り、右側にはソータ、マックス、テオが座った。
先に着いていた三人は飲み物を頼んでいた。
「ほら、さっさと飲み物だけ決めちゃって」
リンが渡してきたメニューを見ながらローズと一緒に何を飲むかを決める。
ローズは赤い牛のブルーブルモアのミルク、ソータはバナナと苺ベースの様々な味が弾けるミックスジュース、マックスはリンと同じものを頼んだ。
数分後、忙しそうなマーメイドが飲み物を持ってきたので、六人で乾杯をした。
マックスは一目散にリンのグラスへと自分のグラスをぶつけていた。
ローズがねだってきたのでグラスをぶつけあい、一口ミックスジュースを飲む。
途端、口のなかでパチパチと様々な味が弾けた。リンゴやオレンジなどの果物の果汁だけでなく、マーマレードやダージリンティー、チョコレートの味が我先にと舌を刺激する。
刺激が終わると、口のなかにバナナと苺の味だけが残った。
「っ、ふう……」
思わず息が漏れて赤面すると、皆が面白げに笑った。
それからくだらないことを話したり、冗談を言って笑ったりしあった。
マックスはリンにたくさん話し掛けていた。マックスのユーモアたっぷりの話に、リンは夢中になっているようだった。
モニカは自分から話すことはなかったが、皆の話に静かに笑ったり、驚いたりしていた。
テオも話には加わらないものの、耳を傾けながハイピッチでグラスを空にしていた。
「最近、薬物の密売が多いって話をよく聞くが、なんか知ってるか?」
唐突にマックスがそう皆に聞いた。
思わず体が強ばった。
「さあ。
モニカは知ってる?」
「え?
えと、私が聞いたのは、ダークエルフ達が関わってるってことかな」
モニカは雌鹿のような大きな瞳を瞬かせながら答えた。
「俺が聞いたことですが、最近のクエストは専らそういうものばかりだそうで」
穏やかに会話に入ってきたのはテオだった。
どういうこと、とリンが聞くと、テオは瞳を伏せながら答えた。
「薬物に関する解毒剤がまだ見つかってないのですが、そのためなのか、色んな薬草の採集クエストや、実験の助手などが増えてきました。
それに、以前、俺たちがあったときのような、エルフのアジトへお灸据えクエストなども増えてきました」
「お灸据えクエスト、だって?テオっておもしろい言い回しをするな」
マックス笑いながら茶化した。
テオは口の端を三ミリ程上げて笑うと、話しすぎたのを潤すようグラスの中身を飲み干した。
「でも、それを考えると今回の多人数参加型学生クエストのユニコーンもそうなのかしら」
「どういうことですか?」
ローズがおつまみを飲み下すとそうたずねた。
「わかった!」
マックスが指を鳴らし、声をあげた。
「ユニコーンの角はどんな毒も解毒できるだろう?
今流行りの薬物は、人体を汚す毒だから、ユニコーンの角で解毒しようってことだな!」
「でも、それってすごく手間がかかりませんか?
ユニコーンの乱獲が厳しくなるなか、今や何万人となった薬物の患者をなおすためだけにユニコーンの角を獲るだなんて、愚かですよ」
ローズの指摘に、マックスは深く考え込んだ。
「もしかしたら、そうせざるを得ない状況になってるのかもね」
リンが追加で頼んだお摘まみをつつきながら言った。
「つまり、要人にまで薬物の手が伸びてる、そういうことか」
マックスはリンを見つめながら慎重に口を開いた。
話についていけないのか、ローズが唇を尖らせる。
それをみたリンが口許で柔らかく微笑み、説明した。
「つまり、今まで一般人を相手にしてた密売人、というか密売エルフが、人間の要人を薬物漬けにすることが可能になってるんじゃないかってことよ」
「それって大変なことなんですか?」
「ああ、やべぇ、ってこと」
茶化したマックスをローズは睨み付けると、リンに説明の続きを促した。
「もし、コンコルディア帝国の要人にまで薬物の手が伸びるているなら、それだけ人間はエルフに対する防御が手薄になって、容易に攻めこまれてしまうわ」
ここでリンはマックスにウインクした。
「まさしくやべぇ、てことね。
あはは…」
マックスは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「まあ、どちらにせよ、私たちはたんなる学院の生徒だし、何も出来ないけどね」
リンのその言葉をきっかけに、話題は他のことへと移っていった。
その後、三時間ほどへべれけマーメイド店で飲み食いしたあと、リン、モニカ、テオと別れて家へと帰った。
道中、マックスをたっぷりとからかい、家へと着くとすぐに別れて、お風呂に入り、歯をみがいて、魔力抑制剤を飲むとすぐにベッドで眠りについた。