-4-多人数参加型学生クエスト(8/22改編)
ソータ、ローズ、マキシミリアン、アドリアーノ伯爵術師先生一行は、適性検査の部屋へと来ていた。
室内は壁も天井も床も白、白、白と、病院のようになっている。窓もドアもない。この部屋に入るには、身分証明書を提示しながら壁に真っ直ぐぶつかるように進めばいい。
「ここではマキシミリアンくんの術師としての力をはかり、どこのクラスへ所属するかを決めます」
先生はマックスを部屋の中央へとたたせた。
マックスの目の前に不思議な透明の球体が浮かんだ。
「その球体に力を注ぎなさい。
そうすれば貴方の素質が分かります」
先生はどうやら説明マシーンになったようで、食事の時のようにペラペラとまた説明しはじめた。
「人間は、様々な力の可能性を持って産まれます。
東の国に住む妖という種族は妖術しか使えない、というように、それぞれの種族は固有の術を持っています。
ですが、人間のようにそういったものがなく、色んな術を使える種族もいます。
魔術、妖術、幻術、呪術などなど。
それらの術を使うには、それらに対応する力を持たなければなりません。
魔力、妖力、幻力、呪力などなど。
人間は、それらの力を一つ、あるいは複数を宿して産まれるのです。
その球体は、どのような力を持っているかを色の変化で教えてくれます。
まあ、口で言うよりやってみましょう。
さ、マキシミリアンくん、力を注いでみなさい」
マックスは暫し躊躇ったあと、手を球体に突っ込み、えいやと力を注ぎ込んだ。
すると、球体はくるくると駒のように回り、次第に色を変え始めた。
「ふむふむ、なるほどなるほど」
マックスが疑うように見つめるなか、先生は球体を観察しはじめた。
全体的にはごく薄い青、濃いめの翠という感じだった。
「典型的なエルフだね、君は。
この青は魔力の素養の証。まあ、薄いからそんなに力がないけどねぇ。
こっちの翠は精霊力の証。結構強い力を持っているようだ。
もしかしたら精霊術を使って精霊戦士になれるかもね。もしくは召喚士もありだ」
それから先生とマックスは色々と話し合って、クラスや履修科目を決めた。
どうやらマックスは盗賊クラスに入るようだ。
てっきり戦士クラスに入るものだと思っていたので驚いた。
適性検査の部屋を出て、先生と別れを告げ、マックスに学院の案内をした。
それから、マックスが疲れたと言うので家に帰り、それぞれの時間を過ごした。
ソータは学院の生徒でもあるが、それとは別に、人形師としての副業もあるので、せっせと人形造りに励んでいた。
「ねぇねぇ、かわいいお坊っちゃん、バイオリンを弾いてよ」
猫の人形がくいくいと袖を引っ張って、そう話しかけてきた。
マックスが来て以来、昔の呼び方で人形が呼ぶのを度々咎めてきたが、ちっとも聞く耳をもってくれないので、ソータはすっかり人形に腹を立てていた。
「藪から棒になんだよ」
「バイオリン、最近聞いてないわ、ねえ?」
「ええ、本当、つまらないわ、ねえ?」
「全くよ!わたし、かわいいお坊っちゃんのバイオリン、大好きよ、ねえ?」
段々人形たちが騒がしくなり始めたので、仕方なく作っていた人形を置き、バイオリンを弾く準備をしはじめた。
調弦をしていると、ローズとマックスが部屋に入ってきた。
バイオリンを弾くというと、二人ともソファに腰かけて紅茶やジュースを片手に、完全に観客モードになってしまった。
「何がいい?」
「何でもいいですよ、マスター」
「パグの冒険がいいわ、かわいいお坊っちゃん」
「いえいえ、小さなティーポットがいいわ」
「ハンプティ・ダンプティは?」
「誰がこまどりを殺したの?は、どう、かわいいお坊っちゃん」
あれやこれやと言い合う人形達を払いのけて、自分が弾きたいものを弾くことにした。
*
ソータが弾いている姿を、ローズは真剣に見つめていた。
緩やかな動きの右手、激しく爪弾く左手。
青白い血管が透けて見えるほど白い腕、ほっそりとおれそうなほど細い手首、柔らかな手のひら。
私は、この人に、この手に作られた。
ローズはそんな嬉しさに身を震わせた。
今でもローズは覚えていた。
優しく磨いてくれたこの身体に残る感覚を。
ローズは無意識に右手の甲に埋め込まれた薔薇水晶を撫でた。
マスターが自分を造った証にとくれたのだ。
ローズは幸せだった。
この人がいたら、私はずっと幸せだろうとローズは思った。
例え、灰になっても、地獄に落ちても、いつでも幸せを感じるだろう。
そう、バイオリンを弾き、人形を造り、セルリアンブルーの瞳をもつこのマスターがいれば、どこでだって。
*
翌日、朝食を食べながらソータはマックスの話に耳を傾けていた。
「俺が生まれたのはエルフの国レンシルノーンだ。
母親は国の為に働く盗賊、父親は暗殺ギルドの者だ。
そんな両親だからか、結婚しても復讐してくるやつが絶えなかった。
だから、俺が成長するまでは平和な国、つまりコンコルディア帝国に移住することにしたんだ。
そこで俺は六年間過ごした。
その時は、両親を狙う奴等を欺くために人間のフリをした。もちろん俺も。
六歳になると、お前も知ってのとおり、レンシルノーンへと帰った。
そこで俺は九年間、両親に護身術や盗術、暗殺術などを学んだ。
エルフの言葉や習慣を知らなかったから、当初は生活に困ったが、なんとかここまで過ごしてきた。
両親に認められ、成人もした俺は、再びコンコルディア帝国に帰ってきた。
お前のことが心配だったのと、エルフの性格が俺に合わないのが理由だ。
まあ、俺の生い立ちはこんなところかな。
お前にはちゃんとエルフだと言おうとしたが、最初に言う機会を逃してしまい、なかなか言い出せず、今日まで騙してしまってすまない」
マックスは語り終えると、やっと事情を話せたからか、表情を緩ませた。
皿に盛られた野菜をフォークで転がしながら、ソータは今の話をゆっくりと消化していた。
辻褄はあっている、はずだ。
いかせん、マックスの両親のことは何一つ知らないのものだから、マックスの言葉を確かめることができない。
今、コンコルディア帝国とエルフは緊張関係にあった。
ダークエルフが人間相手に薬物を密売しているからだ。
人間が多いコンコルディア帝国はこの問題に頭を悩ませており、取り締まりを厳しくしているものの、エルフの方は何の対策もしなかった。
それにコンコルディア帝国は怒り心頭しており、エルフにしかるべき対処がなければ貿易を停止するとまで言っているのだ。
こんな状況でエルフの国からやってくるのだ。
疑わざるを得ない。
もしかしたら何の関係もないかもしれないが、もしかしたら密売の関係者かもしれない。
それに、盗賊の母親を持っているのだ。
この国に、何かを盗みにきたと考えてもいい。
友人を疑うのは辛いが、自分の平和を脅かされるわけにはいかない。
この友人には目を光らせておく必要がありそうだ。
ソータは心の中でマックスに要注意人物というレッテルを貼り、この件を要検討として胸にしまった。
だが、そんなことはおくびにも出さず、にっこりと微笑んだ。
「そうだったんだ。お前もなかなか苦労してたんだな」
「そんなことないさ。両親は優しいし、貧乏だと感じたこともないしな」
「あ、もしかして、お前が盗賊クラスに入ったのって、母親の影響を受けて?」
「そういうことだ」
その後も暫く会話を楽しんだあと、学院へとむかい、それぞれのクラスへと別れた。
*
「あ、オルグレンくん、ちょっといいかな?」
「はい、何でしょう、アドリアーノ伯爵術師先生」
授業も終わり、家へと帰ろうとすると先生に呼び止められ、教卓まで駆け寄った。
「実はですね、数日後、多人数参加型学生クエストがあるですが、オルグレンくんに是非学士クラスから選抜として出て欲しいのですが」
「はい、俺は構いませんよ。
いいかな、ローズ」
「マスターの行くところであれば、私はどこまでもついて行く所存です」
「決まりだね。
じゃあ、中会議室Aに行ってくれ。
そこで作戦が練られるはずだ」
「わかりました、アドリアーノ伯爵術師先生」
先生の言われた通り会議室に向かうと、もう人が大分集まっているようだった。
白と青とで統一された会議室は美しく、細かな模様が刻まれていた。
集まった人――とは限らずマーメイドやパックも集まっていた――は、それぞれの乗り物に乗って指示を待っていた。
ふわふわも空中を漂う人や、椅子付きの絨毯に腰かける人、箒に乗る人(昔の魔女の真似をしてるのだろうか?それにしても古くさい)、飛ぶのが嫌いな人は、固定された椅子やソファに座っていた。
ふと椅子の方をみると、誰かと熱心に話し込んでいるマックスがいた。
近寄って声をかけると慌てて話を止めたので、思わず眉をしかめた。
「マックスじゃないか。お前がなんでここにいるんだ?」
「おいおい、此処にいる奴の理由なんて一つだろう?
多人数参加型学生クエストを受けに来たのさ」
「入学して一日しかたっていないお前が?」
「ああ、俺も驚いたけど、アドリアーノ伯爵術師先生が言うから……」
アンチキショーの先生か……。
思わず心の中で悪態を吐いていると、しっとりとした声で話しかけられた。
「あら、偶然。
久しぶりね、えーと、あ、そうそう、ソータ。
マックスとはお知り合い?」
話しかけてきた方を向くと、以前クエストで一緒になったリンという盗賊がいた。
蜂蜜を上から流したように艶々と輝く金髪を後ろでポニーテールにした、仮面の女性だ。
「こんにちは、リンさん。
マックスは幼なじみです。
リンさんこそ、マックスとは知り合いですか?」
「同じクラスだったのよ。
それより、リンでいいわよ」
「なるほど。
わかりました、リン」
リンはにっこりと仮面で覆われてない口許で笑った。
その後、指示があるまでマックスとリンとローズで仲良く会話を楽しんだ。
途中、モニカとテオとも出会い、話していくうちに五人はすっかり打ち解けた。
マックスが頻繁にリンへと話し掛け、楽しそうに話しているのを見て、思わずにやりと笑った。
続々と人が集まり、最終的に三十人ほどになった。
「どうやら全員揃ったようですね」
中心の教壇に目が覚めるほど美しい女の先生が現れた。
どうやら授業が始まるようなので、みんな静かに口を閉ざし、中心に目をむけた。
「 今回初めて参加するかたがいるようなので、最初に多人数参加型学生クエストの説明をしようと思います。
多人数参加型学生クエストは、学生クエストの延長上にあります。
学生クエストは五人ほどのパーティーを組むのに対し、多人数参加型学生クエストは、各クラス二名から三名程を先生が任意で選び、二十人程のパーティーを組みます。
また、多人数参加型学生クエストで相手にする敵は、一般の学生クエストよりも高難易度で危険を伴います。ですが、決してクリアできないほどではないので、皆さんそれぞれ頑張ってくださいね。
ちなみに、冒険者やギルドの方がしてるクエストには難易度がありますね。SからFで、Fが最も簡単です。皆さんが普段行う学生クエストはCからF程度です。多人数参加型学生クエストはB難易度です。
ここを卒業したら冒険者やギルドに所属する人もいるでしょう。この多人数参加型学生クエストはよい経験となるでしょう。
説明は以上です。
それでは今から今回相手にする敵に関する授業を行います。
その後は戦術師の人を中心に作戦を立てます。
では皆さん、こちらに注目してください
これは……」
*
ソータは知らなかったが、その時、ある一人の女がある計画を練っていた。
(ふふふ……。
まさかこんなに上手くいくとは思っていなかったわ)
女は自分の胸に納めていたある一つの作戦をついに実行しようとしていた。
(残念だけれど、彼には私のために死んでもらいましょう。
そう、新しい人形を造ったとき、貴方は死ぬのよ、ソータ・オルグレンっ……!)
女はふふふと口のなかで小さく笑った。