-3-魔力暴走(8/22改編)
翌日、マキシミリアンはいつも通りに昼近い時間に起きた。
「今日、学校だよな?
あー、遅刻した」
マキシミリアンは学校を遅刻する時間に起きたが慌てることなく、屋敷に食事を用意してもらった。
ブルーブルモア(赤い牛のような生き物)から絞ったミルクやそのミルクからできたチーズ、メルヒヒア(白と黒色のヤギ)の肉厚なハム、様々な味が弾けるミックスジュース、甘いクリームたっぷりのケーキ、それらをマキシミリアンはがつがつと食べると、やっと部屋を出てソータを探し始めた。
「あら、マキシミリアンさん、こんにちは」
「ん?おはよう、ローズお嬢ちゃん」
リビングにいくと、シリアルを食べてるローズに会った。
マキシミリアンの挨拶にローズは気品よく笑うと、打ち解けたように話した。
「ローズで結構です」
「じゃあローズ、ソータはどこだ?」
「まだ起きてきていないようなので、自室にいるかと。
マスターの自室はマキシミリアンさんの右隣の部屋です」
「ふむふむ。
いつもあいつはこんなに遅く起きるのか?」
ローズは紅茶をテーブルにおくと、椅子から立ち上がり、ドレスの皺を手で撫でながら答えた。
「いいえ、いつもはもう少し早いです。
マスターもマキシミリアンさんと同様、朝に弱いのですが、今日はいつもより遅すぎますね」
心配になったマキシミリアンはローズを伴って、ソータの部屋へと向かった。
ソータの部屋のドアをノックしても、ソータから返事はなかった。
「屋敷!」
「はい、何ですか、小さな人形のローズ」
「マスターは今どこにいるの?」
「マスターの自室です、小さな人形のローズ」
ローズは怪訝な表情をした。
「まさか、マスターはまだ寝てるの?」
「みて参りましょう、小さな人形のローズ」
屋敷の霊体は壁を通り過ぎて消えていった。
マキシミリアンはその姿をみて背筋がぞくぞくとした。
するといきなりソータの部屋の扉がばたんと勢いよく開いた。
そして屋敷の霊体が現れると、いつもより早口に捲し立てた。
「マスター・ソータの魔力が暴走しています、小さな人形のローズ」
さっとローズの顔から血の気が引いた。
ローズは弾かれたように駆け出した。
マキシミリアンも慌てて後を追いかけて、ソータの寝室へ飛び込んだ。
そこには、全身から白い光を蛍のように輝かせるソータがいた。
ソータはベッドで苦しそうに悶えている。
ローズはタンスを探ると袋を取りだし、屋敷に水を用意させた。
「マスター、魔力抑制剤です。お飲み下さいませ」
ローズが薬のような錠剤と水の入ったコップを手渡した。
ソータが辛そうに薬を飲み込んでしばらくすると、じわじわと光が消えていった。
ローズは安心したように椅子に腰かけた。
「何だったんだ、今のは」
やっと言葉を発したマキシミリアンに、ローズは疲れたように答えた。
「魔力の暴走です。
マスターは体内に膨大な魔力を溜め込む体質なんです。
ですから、毎日必ず魔力抑制剤を飲むようにしているはずなのですが……」
ローズはちらりとソータを伺う。
ソータは目許を揉みながらベッドに倒れ、虚に答える。
「昨日は疲れてて飲むのを忘れたんだ」
「なるほど」
「魔力抑制剤を飲まなかったらどうなるんだ?」
マキシミリアンの疑問にローズは律儀に答えてくれた。
「魔力が関節や胃に溜まっていき、関節痛、吐き気、頭痛、目眩などにおそわれます。
もし一日の間この薬を飲まなかったら、先程のように身体から魔力が漏れだします。
そしてまた一日、この薬を飲まなかったら、今度は身体から魔力を放出して、身体から魔力を追い出そうとします。身体から放出された魔力は、辺りにあるものに入り込んでいき、所謂、魔力の用量オーバーを起こさせ、灰へと変えてしまうのです。
それでも薬を飲まなければ、最終的には放出する量を上回った魔力に身体全体を侵され、灰となってしまうでしょう。
抑制剤はそうならないために、魔力を中和してくれているのです」
マキシミリアンはゾッとして、友人を恐る恐る眺めた。
「昔はそんなことなかったはずだ。
というよりこいつは、完全に魔力を持たない体質だと言われていたんだ。
それなのに、なぜ魔力を暴走させるほどの力を溜め込んでいるんだ?」
ローズは瞳一杯に不安と疲れを滲ませた。
「分かりません。
もしかしたら、魔力測定器が誤った結果を出したのかもしれませんし、マスターの力が大きすぎて振りきれたのかもしれません。
先生や公爵術師に相談したり、調べてもらったのですが、結局何一つわからなかったのです」
「いや、そんなことはない」
困惑したローズに、マキシミリアンは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「こいつが爆弾級の危険人物だってことはわかっている」
ローズは吹き出した。
ソータが抗議の声を上げているのをまるっと無視したマキシミリアンは、手を払い、椅子から立ち上がった。
「他にも聞きたいことはあるが、取り合えず他にやるべきことがある」
ソータは髪の毛を後ろに払いながら、「何だ?」と聞いた。
「俺の入学式だ」
*
戦術師の服に着替えたソータとローズとマキシミリアンは、アロ・アエラ学院に来ていた。
正門でマックスの身分証明書を発行してる間、ソータはある先生に連絡を取っていた。
しばらくして、身分証明書を発行したマックスが苦い顔をしてソータとローズのもとに戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「俺は学院に通うのは初めてだから知らなかった」
「何を?」
「身分証明書が身体に埋め込まれることだ」
この世の終わりのような顔をして言うマックスがおもしろくて、ソータはあははと声を上げて笑った。
ちょうどその時、向こうから先程連絡を取っていた先生がやってきた。
ロイヤルパープルの垂れ気味な瞳、明るい白金色の編み込まれた髪の毛、にやにやと弧を描く薄い唇、女性のような細い腰つき。思わず油断しそうな雰囲気を纏うこの人を、決して侮ってはならないことをソータは身をもって知っていた。
だからこそ、いつもよりソータは丁寧に挨拶をした。
「こんにちは、アドリアーノ伯爵術師先生」
「や、オルグレンくん。
ローズくん、こんちには」
「こんちには、アドリアーノ伯爵術師先生。
お変わりありませんか?」
「それが最近麻薬の密売が多くてね。
伯爵術師ともなると、先生の仕事だけでなく、帝国の仕事もこなさなくなるから大変なんですよ」
「それはそれは……。心中お察しします。
どうぞご自愛なさいませ」
優雅な一礼をし、美しい花笑みを浮かべたローズに、ソータは後ろへ下がるように目線で指示した。
「先生、今日は世間話をしに来たんじゃないんです。
マキシミリアン・ブルックの入学の仲介に来たんです」
そう言うと、先生はそのロイヤルパープルの瞳でマックスを見据えた。
「こんにちは、えーっと、アドリアーノ伯爵術師先生?
マキシミリアン・ブルックです。
アロ・アエラ学院に入学しに来ました」
マックスは天使のように無邪気な微笑みを浮かべて挨拶した。
「はい、こんにちは、マキシミリアンくん。
私はアルドリアーノと言います☆
ここでは戦術学の先生として働く傍ら、伯爵術師として国のために高難易度のクエストをこなしています。
君のような若いエルフを迎えることができて光栄ですよ、マキシミリアンくん」
ウィンクを決めながら挨拶した先生の言葉に、さっとマックスは顔色を変えた。
ローズとソータもぎょっとした目でマックスを見た。
「マックス、お前、エルフだったのか」
二人の視線にマックスは身を捩り、弁明するように答えた。
「あー、うん、俺はこの先生の言う通り、エルフだ。
事が落ち着いてから言うつもりだったんだが……」
最後のセリフは先生を睨み付けながらマックスは説明した。
そんな視線を先生は気にせずに流し、嫌みなほどにんまりと笑った。
「そんな……。知らなかったよ」
「言わなかったからな。
それに、外に出るときは魔術で耳を隠したりしてたから」
ソータは長年の友達に裏切られたような気がして表情が強張った。
ずっと人間だと思っていた。
けして、エルフが苦手とか、偏見を持っているわけではないが、裏切られたという怒りで目眩がしてきた。
それからふと、小さな疑問がわいた。
何故このタイミングでマックスは帰ってきたんだろう。
もしかして、エルフと人間の間で起こっている事件に関係があるのだろうか。
疑いたくはないが、この友人を警戒しなければいけないことにソータは傷ついた。
「わかった。お前の話は落ち着いたら聞こう」
「ありがとう。騙している感じになってしまってごめんな」
目眩がひどくなってきて、ソータはぐっと目を瞑った。
「アルドリアーノ伯爵術師先生、では、入学の手続きをしましょう」
「そうですね」
くるんと身を翻してさっさと歩き始めた先生を慌てて三人は追いかけた。
*
事務室に行き、書類や手続きをこなした時には、昼食の時間を過ぎ、小腹が空く時間になっていた。
そこで、先生の提案で軽い食事をとることになった。
学院の食堂へ行く廊下を歩いていると、マックスがきょろきょろと辺りを見回していた。
「どうしたんだ、マックス」
「いや、色んな種族がいるんだなと思ってびっくりしてたんだ」
「当然ですよ。
ここは世界でも有数の術師大国であるコンコルディア帝国で随一の術師学院、アロ・アエラ学院なのですから」
軽めの声で説明した先生に、マックスは少しイライラしてるような顔をした。
「俺は今まで学院に通ったことがないんです。
幼い頃はコンコルディア帝国にいましたが、昨日まではレンシルノーンへいたんです。
だから、あまり術師のことや、たくさんの種族のことをよく知らないんです」
「ナルホド。
エルフは優秀な戦士ですからね。術師のことを知らないのも無理ありません。
そのうえ、エルフは閉鎖的な種族ですからね」
先生は機嫌がいいのか、様々なことをマックスに教え始めた。
「そうですね、ではあの種族、上半身が人間、下半身が馬の半人半獣のミックス、ケンタウロス。国はアイブラヴォクサ。栄光を重んじる種族ですが、酒を飲むと人が変わるから気を付けるといいでしょう。本当、酒癖が悪くて度々問題を起こして困りますよ。
あちらはマーフォーク。女性はマーメイド、もしくはゼーワイフと言い、男性はマーマン、もしくはゼーメンシュと言います。似たような種族で、ローレライ、メロウ、ハルフゥ、セイレーンなどがいますね。基本は上半身が人間、下半身が魚です。国はサラサ・ヤナ・ラタトデッシーアです。基本は海などに住む種族ですが、こうして陸にいる場合はけして弾けない泡の中で移動します。綺麗な姿に騙されてはいけません。腹のなかは真っ黒ですよ。大いなる海よりも深く、ねぇ。
あそこで悪戯しているのは妖精のパックという種族です。パグとも呼ばれますね。悪戯が大好きで手癖の悪い種族です。ですが、弱いものには優しい種族です。国はないですが、代表者はいます。
ああ、あそこに見えるのは……」
皮肉や冗談をまぜながら説明する先生の話は食事の時まで続いた。
時おり、怒りに震える者が襲いかかろうとするが、先生は全く視界にすら入れなかった。
「え?伯爵術師とは何か、ですか?そんなことも知らないんですかぁ……。あ、怒らないでくださいね☆
この国には爵位があります。上から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、です。他にもありますが、貴方もこれくらいはご存じでしょう。
これらの爵位に術師がつくと、国お抱えの術師達の位の高さになります。
実はこれは遥か昔の……」
ついに先生の説明が歴史のことになり始めたので、慌てて食事の席をたった。