-2-マキシミリアンの後悔(8/22改編)
マキシミリアンは慎重に目の前の少年をみた。
ソータ・オルグレン。かつての親友。
全体的に暗い印象を受ける男だ。灰青色の髪の毛から覗く、アーモンド型のセルリアンブルーの瞳は陰りが見え、沈痛で重い。整った鼻梁、色素の薄い肌、微笑みをたたえた唇と笑うと覗く真っ白な歯は爽やかさと清潔さを感じさせる。たっぷりとした服の袖から覗く手足はかわいそうなほど細く、頼りない。
不思議な魅力を持つこの少年は、儚さと強さを兼ね備えていた。
少年、といっても、マックスとは一つ違うだけだ。身長だって、マックスと同じくらい。
16歳と言えば青年に当てはまるものの、痩せた身体や、幼さ残る高めの声もあいあまって、少年と形容しても差し支えなく思える。
先程マックスが放った言葉に、ソータは打ちのめされたように大きく瞳を見開いていた。
「どういう意味だ?」
意外と冷静な声音だった。
「俺たちは昔、というか七歳のころまでずっと一緒だったな」
「ああ。親が仲良かったから、よく遊んでたな」
「土手で転げ回ったり、魔術でプルプルーフに悪戯して驚かせたりした。両親を鶏に変えたこともあった」
ソータが懐かしげな顔をした。
そして楽しげに瞳を輝かせた。
「うん、あの時は傑作だったよな。
暫く両親は穀類ばっか食べてたっけ」
マックスも思わずにやりと笑みを浮かべる。
「そうとも。俺たちは何て言うか、そう、一足の靴のように、一緒に成長した」
ソータはマックスが何を言いたいのか分からず困惑した表情をしている。
「あの日、俺の両親と隣のエルフの国レンシルノーンへと移住することになった日、お前の両親が亡くなったその日まで」
「過ぎた事だ」
マックスはソータの低い声を流し、話を続ける。
「俺はお前に会いにいった。
その時お前は、真っ赤に腫らした、いかにも泣いた後の目をしてた。
まあ、普通七歳で、両親をいっぺんに亡くしたんだ。そりゃあ、泣くだろう。
お前に会う前、俺はお前のハンカチになるつもりだった」
ソータは微かに笑った。
「いざお前に会ったら、もう泣くのを止めて、笑ってた。
にこにこと。
怖かったよ、お前が。
だから俺は逃げたんだ。そのまま会うこともなく、レンシルノーンへと旅立った。
俺はな、旅立った後、後悔した。
あいつは今、泣いてるのだろうか。元から友達もそんなにいないあいつに、ハンカチはあるのだろうかってね」
マックスはソータの考えを聞こうとここで言葉を止めたが、彼はただぼんやりと自分の手のひらを眺めていた。
マックスはこっそりため息をつくと、続けた。
「そして九年。
両親はそのままレンシルノーンへ残ってる。
俺はお前に会いにきた。
で、今お前に向き合っている」
ここで漸くソータは顔をあげて、こちらを見つめた。
はらりと瞳にかかる髪の毛をかきあげて、セルリアンブルーの瞳でひたと此方を窺いみる。
どんな表情をすればいいのかわからないように、瞳を瞬かせたり、唇をもごもごと動かしたりして、結局苦笑いをした。
「うん、そうだな、お前に会えて嬉しいよ。
それで結局、なんの話をしてたんだっけ?」
「お前が俺の言葉の意味を聞いたんだ」
間髪入れずにマックスは言った。
「ああ、そうだった。
なんでお前が、俺の側にいてやるべきだった、なんてことを言ったんだ?」
「お前の両親が死んで、お前に会いにいって、俺が逃げるように帰ろうとしたとき、お前は変なことを言った」
「なんて言ったんだ?」
「人形が、欲しいって」
部屋が重苦しい空気に包まれた。
ソータはもう笑っていなかった。
「あそこにいる子、そうなんだろう?」
横目でプルプルーフに餌をあげている少女を見る。
ドレスの袖から覗く手首にはよく見てみると、球体関節でできていた。
少女も此方を見返しながら、ゆっくりとソータに近づいて、ひじ掛けに腰を下ろした。
美しい、少女だった。
宝石に使われる効果、スター効果が魅せる不思議な光彩の瞳は恐らく薔薇水晶でできている。つんと上向きの鼻、ふんわりと柔らかそうな唇、幼げな表情、ふっくらとした頬、それらを薔薇色、真朱色、桃色、白色と変化するたっぷりとした髪の毛が包み込んでいる。
フリルと薔薇がモチーフの金色の刺繍が細やかな豪奢なドレスに身を包んだ少女は、まるでお姫様のように愛らしい。
そんな可愛らしい少女はすべすべとした額にしわをよせ、話しかけてきた。
「確かに私は人形です。
名前はローズと申します」
「俺はマキシミリアン・ブルックだ」
奇妙な自己紹介をし、マックスは再びソータをみやる。
「人形が欲しいと思ったのは事実だ。
死ぬこともなく、離れることもない、そんな何かがほしかったんだ、あの時は」
「おかしいだろう、それは。
普通なら、辛いときはそんなものにすがるんじゃない。誰か、暖かい温もりをもつ人間、あるいはエルフ、ドワーフ、そういう生きたものにすがるんだ」
ソータは唇を噛み、悩ましげに眉をひそめた。
「人形が欲しいなんてぶっ飛んだ頭をしたお前を残したまま、離れるべきではなかった」
マックスが吐き捨てた後、ローズが静かに口を開いた。
「なにもおかしなところはないと、思います」
マックスはローズの言葉に眉をはねあげた。
「マスターのお父上は人形師でした。
人形を当たり前と思う中で生きたのです。救いを人形に求めるのは、少しもおかしくありません」
「話にならん。
じゃあお前は、死体に囲まれて育ったから死体愛好家にでもなるとでと言うのか」
「そういう心理になる可能性はあるはずです」
「じゃあ聞くが、その心理はまともか?」
「……」
「そうさ、まともじゃない。ソータはな、まともじゃないんだよ。
そんな心理にならざるをえない状況に親友を残したことを俺は後悔しているんだ」
ローズの瞳に怒りの炎が揺らめいた。
するすると袖から茨が伸びて、ローズの手を覆い始めた。
その手をソータは掴み、握りしめた。
「この話はよそう。
少なくとも、今はもう話すようなことは何もない」
マックスは首肯して目を閉じた。
満足な結果は得られなかったが、話すことに意義があるのだ。
とりあえずこの、弱く脆い友人の側に昔のようにいようと、マックスは決意した。
*
「それで、マックスはこれからこっちでどうするんだ?」
マックスは気だるげに瞳をあけ、欠伸をした。
「アロ・アエラ学院に通うつもりだ」
「泊まる所はどうするんだ?
確か元の家は売り払ってたよな?」
「母さんから連絡なかったか?」
ソータは慌ててマジックコミュニケーションを開いた。
マジックコミュニケーションとは、魔術と科学が合わさってできた、所謂、通信機器だ。
通信以外にも、マジックネットに繋いで様々な情報を得たり、地図をみることができたりする。
「君のお母さんから連絡が来てた。
でもこの時、通信が入らないとこにいたから気付かなかったんだ」
「まじかよ」
「ああ、でも、ここに泊めて欲しいってことなんだよな、ようは」
さっとメールを見て、そう問いかけるとマックスは頷いた。
「なら大丈夫。
用意は出来てないけど、泊まるとこはあるし、構わないよ」
「助かる」
「じゃあ取り合えず案内しよう」
ローズは応接室に残し、マックスと二人で二階にある自室の隣の部屋へと向かった。
途中、ヒール付きのブーツを脱ぎ、室内靴に履き替えたとき、マックスが驚いたように「意外と背は低いんだな」と呟いたので、顔が熱くなって、慌ててマックスの部屋を用意した。
「屋敷!」
屋敷にそう呼び掛けると、壁から女性の姿をした霊体が現れた。
「はい、何ですか、マスター・ソータ」
「ここにマックスが泊まるから綺麗にしてくれ」
「はい、マスター・ソータ」
屋敷の霊体は優雅に一礼をすると再び壁に吸い込まれていった。
するとすぐに、部屋がもぞもぞと動いて、何もない部屋だったのが、天蓋付きのベッドや、大きなテーブル、座り心地の良さそうなソファー、美しい刺繍のふかふか絨毯、衣装棚や本棚が次々と現れて、部屋を飾り立てた。
「よかったな、マックス。屋敷に気に入られたようだ」
部屋にいた人形達が抗議の声を上げたので、部屋から追い出し、入らないように注意をしておいた。
「ローズみたいに人型の人形はいないのか?」
「うん、ほとんどは動物みたいなのだな。
あるとしても、こんな立派なのじゃなくて、布で作ったおままごとみたいな簡単な物くらいだ」
次にトイレ、お風呂場、倉庫、諸々を案内してリビングへ向かった。
「大体こんなとこだ。
食事は屋敷に頼んでくれ。
この指輪を付ければ屋敷は味方してくれるから。
あ、あと、この家は特別な術がかけられてあって、誰もたどり着くことができないようになってるんだ。
でも、その指輪を持っていると、術が無効化されて普通に帰れるようになるからなるべくずっと着けていてくれ」
「わかった」
疲れきっていたソータは、マックスとの会話もおざなりに、お風呂に入り、歯をみがいてすぐに眠ってしまった。
―完―