-1-来訪者(8/22改編)
ソータは驚きのあまりしゃっくりが出そうになった。
こっそりと忍び込んだダークエルフのアジトで、運悪く見張りと遭遇してしまったのだ。
それも、角を曲がってすぐにぶつかり、そのまま押し倒す格好で地面に転けたのだ。
ソータが呆然としていると、見張りは一瞬で我に返り、喚きながらソータの顎に強烈な一撃を叩き込んだ。
ソータがひっくり返って目を回していると、見張りは飛び起き「敵襲だー!」と大声で叫び、ソータを拘束しようとロープを手に屈みこんだ。
その瞬間、黒い影が鞭のようにしなり、見張りを強かに壁へと打ち付けた。
曲がり角からソータを助けた少女が現れた。
毒液でてかてかと光る鋭い棘に覆われた茨がドレスの裾から伸びており、ゆらゆらと揺れ動いている。
「な、何があったんだ?」
ソータは身を起こしながら少女に問い掛けた。
「マスターは見張りにノックアウトされのでございます」
横から現れた少女はそう説明した。
「うう、顎が痛い。ローズ、トリュートスの魔術をかけてくれ」
ローズと呼ばれた少女は溜め息をつくと、さっと手を振り、ソータの傷を治した。
ついでに、危険な茨をドレスのスカートの中へと引っ込めた。
「忌々しいダークエルフめ……」
「マスター、悪態をつくのもよろしいですが、先程のエルフのせいで周りに気付かれたみたいなので逃げる方がよろしいかと」
ソータは暫く考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「いや、エルフが俺達のところに集まったところを叩く」
「あまり考える時間もありませんし、それでいきましょう」
ローズはドレスを掴み、裾を持ち上げた。
ほっそりとした足が露になる。
すると、茨に変わってその足に絡み付くように植物の蔓が伸びてきた。
蔓は複雑に絡み合い、杖を型どり造り出した。
ローズが適当なとこで蔓を切ると、見事な植物でできた杖ができた。
『フロウリュルスの魔術よ、この杖に空を飛ぶ力を授けなさい。
フィクキュスの魔術よ、この杖にかけられた魔術が解けないように固定しなさい』
大げさに手を振りながら魔術をかけたローズは、その杖にひらりと跨がった。その後に続いてソータも座る。
ソータが横座りしたのを見ると、ローズは顔をしかめて、空へと飛んだ。
アジトの上空へと螺旋を描きながら一気に上昇する。
一定の高さを保つと、少し斜めになって下の様子を覗きながら浮遊した。
ちょうどダークエルフ達がソータ達のいたところに集まっている。
横座りのため落ちそうになるソータをみかねて、ローズがステブラジリの魔術をかけてくれた。
「そのように女々しい座りかたをするから落ちそうになるのですよ」
「ローズのように座ると痛いんだよ」
ローズが熱心に下の様子を伺っている中、ソータは空を見ていた。
ここ、術師大国コンコルディア帝国のトップに君臨する女帝クリスティリニアン・レジウサは気分屋で、いつも同じ色の空を退屈だと考えている。
だから、コンコルディア帝国の空は日々、さまざまな色を描いている。
白と黄色の水玉模様の空、目が覚める様なショッキングピンクの空、青から赤のグラデーションを描く空……などなど。
そんな空の中で、今日は比較的にまともだった。
黒色をベースに白が絡まるようなマーブル模様。そこに、薄絹を広げたようにたなびく紫色の雲が浮かんでいる。零れるように無数の星が輝く様は、空を彩る宝石のようだ。
幻想的なこの空をソータはうっとりと眺めていた。
ローズはそんなソータを冷たく睨むと、こう言った。
「マスター、空を見るのもよろしいですが、今は敵のことを見てください。
あそこにどうも人間がいるみたいです」
言われた通り見てみると、女が二人、男が一人いる。
「よく見えない」
ローズは飽きられたような表情をつくると、素早くを魔術をかけてくれた。
「おお、よく見える。
ん?ダークエルフと戦ってる人間、あれは、アロ・アエラ学院の生徒じゃないか?」
「ええ、その通りです。
どうしますか?
同じ学院の生徒ですし、手助けいたしますか?」
「うん。もしかしたら同じクエストで来てるのかもしれない」
「かしこまりました」
ローズは杖を傾け、切り込むように敵陣へと急降下する。
ローズのめくれたドレスから覗く足に、茨が絡み付いている。
ローズは杖の上に立ち上がると、足を振り上げ、杖を強く踏みつけた。
すると、茨が足から伸びて杖に巻き付き、違う形へと変え始めた。
「ひゃあー!やめろよ、ローズ!」
ソータの情けない声にローズはただ悪戯っぽく笑うだけで、どんどん杖を変えていく。
杖が大振りな剣へと変わった時には敵もこちらに気付いたようで、弓が放たれてきた。
ローズはすかさず、袖から伸びてきた茨を鞭のようにしならせ、全てを打ち落とした。
ひらりと広場に舞い降りたローズは、自分の背丈以上もある剣を構えて敵の中に突っ込んでいった。
ソータは舞い降りる、ではなく地面に転げながら着地した。
呻きながら起き上がりローズを探すと、どうやらアロ・アエラ学院の生徒の助太刀をしているようだった。
こちらに魔術が放たれたので慌てて物陰にかくれると、そこには少女がいた。
雌鹿のような大きなハシバミ色の瞳を瞬かせ、見事な褐色の髪の毛をみつあみにした人間の少女だ。
「俺はアロ・アエラ学院の生徒だ。
君もそうだよね?」
「え、ええ、そうよ。
クエストでここに来たの」
「うん、俺もそうなんだ。
ところで、ダークエルフは敵だよね?」
「うん。私たち、あそこにいる彼と、ここにはいない盗賊の子と一緒にダークエルフからとある薬物を盗むためにここに来たの。
あなたは?」
「俺たちはダークエルフのアジトに被害を与えろっていうクエストで来たんだ」
その時、激しい爆発音がした。
「どうものんびりお喋りしてる暇はないようだね……」
「私たちは盗めるものも盗めたし、もう帰るつもりなんです。
あなた方はどうします?」
ソータは物陰から顔を覗かせ、ローズを探すと、生き生きと戦っている彼女を見つけた。
どうやら続々と敵を葬っているようだ。
「うん……。やり過ぎなくらい被害を与えてるみたいだし、とっととずらかろうかな」
「ここに、ムービュスの魔術が描かれた紙がります」
ここで少女は懐から大きな紙を取りだし、地面に広げた。
「これに乗って魔力を注げば、ここから少し離れた所に移動します。そこには盗賊の友達がいるから、そこにいったあと、アロ・アエラ学院に帰るつもりなんです」
「なるほど。
よろしければ俺達も一緒に連れていってくれませんか?」
「もちろん、構いませんよ」
「では、あそこにいる彼とローズをこっちに呼びましょう」
「ええ」
少女は通信機能のついたイヤリングで、ソータは手の甲に埋め込んだ通信機能のついた薔薇水晶でそれぞれ連絡する。
ローズはソータの説明を聞くと、青年の袖を掴み、後ろに引っ張り、地面を勢いよく踏みつけた。
すると、踏みつけられた地面から前方、横方向に植物が網目状に生え、三メートル程伸びた。
それを盾にしてローズと青年は此方に向かってきた。
少女は広げた紙の上で膝ま付き、二つの水晶を手にじっと構える。
「全員乗りました!」
ローズが叫ぶと、少女は魔力を魔術陣に注ぎ込んだ。
くらりと目眩を感じると、すでに場所は移動しており、森のなかにいた。
紙が消滅して、少女はほっと息をついた。
「こちらのかたがアロ・アエラ学院の同じ生徒の方ですか?」
低音で落ち着いた声で尋ねてきたのは、先程ローズが助太刀していた青年だった。
黒々とした髪と右目、そして左目を隠す眼帯が特徴的な青年だ。
女の子ならそのしなやかな筋肉美にうっとりするだろうが、同じ男なので、かっけぇなとしか感じなかった。
「あ、はい。ソータ・オルグレンです」
「俺はテオ・ケアード。双剣術師です」
「そういえば、私の紹介もまだでした。
私はモニカ・ウェスト。療術師です」
自然と視線は下へと向かった。
そこには小さな背丈のローズがいた。
凡そ100cm程の身長だ。
「私はローズといいます。
マスター、ソータ・オルグレン様が作った人形です」
「えーっ!本当!?」
モニカが驚いたように叫んだ。
叫んだ後、その反応を恥じたのか、モニカは頬を染めて俯いた。
「は、初めて動く人形を見ました。
今はもう、動く人形を作れる人はコンコルディア帝国にはいないから……」
「俺は聞いたことあるぞ」
テオが呟いた。
「人形師、ソータ・オルグレンさん」
「ええ、よくそんな風に呼ばれます。
でも本当は俺、戦術師なんです」
「なるほど」
四人で話していると、上の方から女性が降りてきた。
枝にでも登っていたのだろうか。
「あら?人が増えてるのね」
仮面をつけて表情はわからないが、すらりとした金髪の女性だ。
しなやかに歩く様はエルフのように優雅だ。
「あ、リン!
こちら、ソータ・オルグレンさん。それでこちらのお嬢さんがローズさん。
クエストでたまたま一緒になったんだ」
「ふーん?
私はリン。盗賊の卵よ」
仮面で覆われていない口許で、リンは微笑んだ。
「とりあえず、ここってダークエルフのアジトに近くて危険よね。
離れて安全なところで転移しましょう。
ソータはどうするの?」
「できればアロ・アエラ学院まで連れていって欲しい」
「モニカはそれでいい?」
「ええ、大丈夫です」
「よし、じゃあ、そこまでよろしく、ソータ」
リンが取り出した魔法の絨毯に乗り込み、アジトから離れ、そこで先程のように転移した後、彼女たちと別れた。
*
「思ったよりも楽に帰れましたね」
「ああ、全くだ」
「それにしても、あの三人、とてもいい人達でした」
「うん。また何かで会えるかもな」
家に帰ってお風呂に入り、ローズとお喋りを楽しんでいると、小さなリスの人形が飛んできて、来訪者がいると告げてきた。
「誰ですか、こんな時間に」
「さあ?わからないわ、かわいいローズ」
「とりあえず応接室に通してくれ、リスの人形さん」
「わかったわ、かわいいマスター」
「おい!俺にまでかわいいは付けなくていいよ!」
人形に文句を言おうとしたが、さっさと客人のとこへと行ってしまった。
溜め息をついてローズと一緒に応接室へと向かった。
青色と金色で統一された古風な応接室は、死んだ両親の趣味だ。
あちこちに飾られたアンティークな置物、気ままに飛んだり跳ねたりしている人形、歌を歌う不思議な鳥プルプルーフ、客人をもてなそうと自ら紅茶を注ぎ始めた茶器。
こちらめがけて飛んできたお茶菓子を払いのけて、なんとかこのカオスな空間で椅子に腰かけた。
ローズはプルプルーフに餌をあげている。
茶器が紅茶にするか珈琲にするかを争い始めた。
茶菓子も、洋菓子や和菓子で別れて喧嘩になっている。
「おい、いい加減にしろよ!」
茶器と茶菓子は暫し動きを止めて、紅茶と洋菓子におちついた。
今度は後頭部に騒いでいた人形が当たった。
「今から客人が来るから大人しくしてろ」
「わかったわ、ちいさなお坊っちゃん」
昔のあだ名で呼ばれ、怒りに震えていると、後ろから笑い声が聞こえた。
振り返るとそこにはリスの人形に連れられた青年がいた。
ざっくばらんに切られた褐色の短い髪の毛、好奇心に輝くブルーの瞳、にんまりと弧を描く口許、意志の強そうな表情、しなやかな体つき……。
「もしかして、マックス……?」
にやにやと笑うだけの青年は遠慮なしにずかずかと部屋に上がり込むと、向かいのソファーにどっしりと座った。
「よう、ソータ!久しぶりだな」
快活にそう言ったのは、幼い頃の友人、マキシミリアンだった。
「お前、確か隣の国に行ってもう帰ってこないんじゃなかったか?」
「おいおい、久々の再会にいきなりそんな話だなんて、相変わらずお前はせっかちだな」
肩をすくめながら言うマックスは、昔と全く変わった様子はない。
そのことにソータは嬉しくなり、にっこりとほほえんだ。
マックスは暫くこちらを覗きこむように、遠慮がちに窺ってきた。
そして慎重に口を開いた。
「あの時俺は、お前の側にいてやるべきだった」
そしたらお前はこんな風に壊れたりしなかっただろう?