二
事前に貰っていた招待券を見せて、私とカノジョはカフェの一角に腰掛けていた。着ていたコートは近くの壁のハンガーに掛けてある。
見てみると、私達と似たようなカップルなどが八組ほど来ていた。彼らもこのカフェのマスターから招待券を貰った口だろう。
木製の丸テーブルに置かれたミルクティーからは紅茶の良い匂いがする。
「今日はここで何があるんだっけ?」
「確か、アカペラとかギター演奏とか、後はお客も交えたダンス。飛鳥は踊れた?」
「いや、まったく。ソーラン節しかできない」
「クリスマスイブに踊るにはアグレッシブ過ぎるわ」
聖夜に踊るソーラン節。クリスマスプレゼントは大漁旗だろう。
「まあ、テキトーにくるくると回ってようよ。雰囲気雰囲気」
「適当な踊りでは無いかもしれないけど、それはそれで面白いかもしれないわね」
と、こんな会話をしていると、隣のテーブルに腰掛けていた男女が話しかけてきた。
似たような明るい茶色に髪を染めた私達と同じ年頃のカップルである。
「こんにちは。あなた達も今日のイベントに?」
「そうですよ。あなた方もですか?」
男の言葉に頷くと、彼らは火を切った様に喋り始めた。
「やっぱりですか。僕達、このカフェの常連なんです。デートの度に利用させてもらってて。ここのアップルパイ美味しいですよね」
確かにマスターの作るアップルパイは絶品の一言である。爽やかでそれでも後を引く芳醇なリンゴの味、しっとりとした生地、二人で食べるのに丁度良いサイズ。どれを取っても文句の付け様が無い。
私が男の言葉に同意していると、女の方がカノジョへと話しかけていた。
「大学生ですか?」
「ええ。Y大に通っています」
「Y大!? すごいじゃないですか。頭が良いんですね! 私とこいつはT大なんですよー」
T大はY大から駅三つほど離れた所にある大学で、Y大より一ランクほど偏差値的には低い大学である。
「いやいや、頭なんて良くないですよ。ねえ、飛鳥?」
「そうだね。先週もレポートで悩んでたしね」
「いやいや、レポートとか言ってる時点で頭良いですよー」
と、適当に私達が談笑していると、女は忘れていたように、「あっ」と呟いて、今更ながら自己紹介を始めた。
「私の名前は松原理恵って言います。T大の社会学部の二年です。バンドやってます」
「僕は田口正弘です。理恵と同じT大の社会学部の二年です。今日はよろしくお願いします」
名乗られたのだから、こちらも言葉を返すしかないだろう。
しかし、どう自己紹介したものか。
チラッとカノジョを見ると、
「わたしは望月風香と言います。彼が私の彼氏の立花飛鳥です。こちらこそよろしく」
カノジョの自己紹介が終わった所で、松原とカノジョがガールズトークを初めてしまった。
カノジョには女友達が少ないため、こういう機会は貴重である。
「カノジョ達取られちゃいましたね」
田口の言葉に私は笑いながら頷いた。
「まあ、良いじゃないですか」
後十分もすればイベントの開始である。それまでは久しぶりにボーイズトークと洒落込むとしよう。
イベントが始まり、見慣れたこのカフェのマスターが年齢を感じさせない足取りで、店の中央へと歩いてきた。
見ると、そこにはいつの間にか置いてあった小さめのピアノがある。
「本日はお越しいただいてありがとうございます。趣味で始めたこの店がここまで続いたのも一重に皆様方のおかげでございます。今日はささやかながらこの聖夜の催しを存分にお楽しみください」
と、店の奥からサンタ服を着た初老の男性達が各々楽器を持って出てきた。アコーディオン、バイオリン、フルート、オーボエにクラリネットと様々である。
その中で一人、二十代半ばほどの女性が中央に置いてあったピアノの席に着いた。
「では、初めは私の知り合い達によるクリスマスソングメドレーです。料理を摘みながら、どうぞお聞きください」
マスターの言葉が終って少し、一拍の間を挟んで、キラキラ星が流れ始めた。
聞き慣れた優しいメロディが鼓膜を撫でる。
「きれいね。飛鳥」
「そうだな」
見ると、田口と松原を含めた他のテーブル席に座るカップル達も私達の様に手を繋いでいる。
彼らは一体どの様な恋をして、この聖夜を迎えたのだろう?
ふと、思った。
恋と言っても色々ある。甘酸っぱく綺麗な恋もあれば、苦く醜い恋もあるだろう。中には恋が愛に変わる事もあるだろうし、愛から恋をした者も居るはずだ。
ここに居る彼らカノジョらの中には一体どんな恋物語があったのか。
私はそれが気に成った。