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花弔風月  作者: 満月小僧
終わりに――私とカノジョのこれからと
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終わりに――私とカノジョのこれからと

 先ほど立花家を発つ前に、私は兄の部屋へとカノジョを連れて行き、カノジョへ彼の日記を渡した。


 カノジョはジーッと日記を見つめた後、その数冊のノートを抱き締めた。


『翼君は飛鳥の日記を読んだのよね?』


『はい。それはもう事細かにばっちりと』


『どう思った?』


『兄は風香さんにベタ惚れだなと思いましたよ』


『そう』


 あの時、そんな会話をしてカノジョはフフッと微笑んだ。


 とても美しかった。


 そして、カノジョは続けてこんな事を言った。


『翼君。今度一緒にこの日記を読みましょう』


 この提案はかなり意外で、私は眼を丸くした。


 この日記は兄のカノジョへの愛で溢れていて、カノジョが自分以外とこの愛を共有しようとするなど思いつかなかったからだ。


 私はしばし考えた。


 カノジョの言葉は何を意味しているのか。何故、カノジョはこんな事を私に言ったのか。私はどう答えるべきなのか。


 けれど、答えを私は出す事が出来ず、カノジョへと質問した。


『良いんですか?』


『翼君に一緒に読んで欲しいの。あなたはもうこの日記の内容を全部暗記しているんでしょうけど。それでも、隣で読んで欲しい。ごめんなさい。我儘なお願いだとは分かっているわ』


 ここまで頼まれたのなら断らなくても良い。


『なら、一緒に読みましょう』


『……ありがとう』



「その日記やばいですよ。兄の惚気が満載です」


「あら、そうなの。嬉しいわ。飛鳥はちゃんとわたしに惚れてくれていたのね」


「ええ、間違い無いですよ。日記の半分以上が風香さんの事ですから」


「たとえば、どんな事が書かれていたのかしら?」


 カノジョの言葉に私は日記の内容を思い出し、そこから適当なエピソードを引っ張った。


「体育祭で倒れた風香さんを助けたり、文化祭に来た従妹と風香さんが喧嘩して困ったり、何故かクリスマスデートしたり、新年に大国主神社でばったり会ったり、バレンタインデーに風香さんが無くしてしまったチョコを見つけたり、とか色々です」


「……そういう事もあったわね。懐かしいわ」


 カノジョは眼を細めた。


 儚げな横顔に私はつい聞いてしまった。


「……兄に、立花飛鳥に出会ってしまった事を後悔していますか?」


 兄に会わなければ、カノジョはこうも弱くなる事は無かっただろう。


 兄に会わなければ、カノジョは私を兄と思い込まなかっただろう。


 兄に会わなければ、カノジョは壊れる事は無かっただろう。


 ならば、立花飛鳥と会わなければカノジョは幸せだったのでは無いか?


 沈黙の後、カノジョははっきりと答えた。


「……後悔しているわ。飛鳥に会わなければ、わたしはここまで皆を苦しめる事は無かったもの。でも、もし人生をやり直せるとしても、わたしは飛鳥に出会ったわ」


「……そうですか」


「ええ」


 これ以上聞くのは野暮と言う物だろう。カノジョがそう言うのなら、私には何か言う事は出来ない。


 兄に嫉妬してしまう。ここまでカノジョに思われるとは。


 嫉妬心に吊られて口が滑った。


「じゃあ、俺と出会った事に、後悔していますか?」


 カノジョは寂しげに笑った。


「後悔しているわ。これ以上に無い程に。あなたの人生をわたしは少なからず奪ってしまった。もしやり直せるのなら、わたしはあなたに出会わないわ」


「そうですか」



 あれからもうしばらく歩き、カノジョの家に着いた。


 玄関の前で私達は見詰め合って向かい合う。


 こんな時にも関わらず、カノジョは美しかった。


 陶器の様な滑らかで白い肌、肩口まで伸ばされた真っ直ぐな黒髪、左目の泣き黒子、その全てが愛おしい。


 静寂を破ったのはカノジョだった。


「……ねえ、翼君。あなたは後悔していないの?」


 中々に難しい質問だ。この四年間、何度も吐きそうになり、自分が誰か分からなくなり、家族全員に迷惑を掛けた。


 苦渋に浸るような四年間だったのは疑いようが無い。


 だが、確かに私はこの四年間、少なくない幸福を感じていた。


 カノジョに愛を囁かれる度に、胸が捩れる様な苦しみを覚えながらも、心臓は高鳴った。


 カノジョの笑顔を見る度に、首が刺される様な痛みを覚えながらも、嬉しさを覚えた。


 一体、私にとってこの四年間はどうだったのか。


 長考の末、口を開いた。


「多分ですが、後悔していません。もし、やり直せるとしても、俺は同じ選択をします。きっと風香さんの前で立花飛鳥を演じるでしょう」


「それは何故?」


 まったくカノジョは意地悪だ。


「分かっているでしょう?」


「答えて」


 そんな顔をされたら断れないでは無いか。


 私は夜空へと息を吐いた。


 言いたかったが言う気は無かった。


 けれど、言ってしまう事にしよう。


 深く息を吸い込んで、言葉を待つカノジョへと、一息に想いを伝えた。



「あなたを愛しています。この世の誰よりも」



 カノジョは抱えていた日記を抱く力を強くして、ゆっくりと瞳を閉じた。


「ごめんなさい。わたしはまだあなたの想いに答える事が出来ないわ」


「待ちます」


「ありがとう。絶対に答えを出すから」


「楽しみにしています」


 切なげな表情をカノジョは浮かべた。


「翼君。帰りましょう、あの家へ」


「はい。帰りましょう」


 カノジョの言葉に頷いて、私達は共に笑い合った。


 カノジョは切なげな微笑、私は楽しげな苦笑である。


 互いに笑みを浮かべながら見詰め合う事数十秒、私達は頭を下げた。


「騙していてすいませんでした」


「騙してくれてありがとうございました」


 顔を上げて、今一度私達は笑い合った。



「俺は今、幸せですよ」


「ええ、私も幸せよ」







(終)

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