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花弔風月  作者: 満月小僧
私とわたしと兄とあなた
41/42

○立花翼→望月風香


 目の前に額縁に入れられた飛鳥の写真があった。彼らしい理知的で優しげな笑顔。


 すぐ後ろには翼君が座っている。


 確かに写真を見てみると飛鳥と翼はまったくの別人で、どれほどわたしが認識を歪めてきたのか突きつけられた。


 わたしは遺影の前に置かれた飛鳥の――この四年間翼君がずっと掛けていた――眼鏡を撫でた。ステンレスの冷たく細い感触が人差し指に伝わる。


「……あなたは死んだのね」


 やっとわたしは認めた。


 そうだ。飛鳥はもう居ない。わたしの心を溶かしてくれた陽光の如き彼はもう居ないのだ。


 どれだけ、望もうとも彼はもう私に笑いかけてくれない。


 彼はもう私を包んではくれないのだ。


 笑顔を浮べる額縁の彼を見ていたら、言葉が溢れた。


「飛鳥。どうして死んでしまったの? 隣に居てくれると言ったじゃない」


 自分勝手な言葉なのは理解していた。


 でも、言葉が止まらなかった。


「何でわたしだけを助けたの? 一緒に助かろうとしてくれなかったの? どうして、わたしを独りにしたの?」


「……」


 後ろで翼君がこの言葉を聞いているのにわたしの喉は震え、言葉を作る。


「……飛鳥は知っていたでしょう? わたしはあなたに依存していたと。あなたがいなければわたしは壊れてしまうと」


 あの時のわたしは嬉しかった。飛鳥がわたしを受け入れてくれると言ってくれて、やっと自分の居場所が見つかったと思い、歯止めが利かなくなった。


「……あなたが居なくなって、わたしは最低な行為をしてしまったわ。わたしは翼君をあなたの代わりにしてしまったの」


 何て愚かな事をしてしまったのだろうか。翼君を飛鳥と思い込んで、翼君に飛鳥を演じさせて、心の平穏を保っていた。


 わたしは後ろに据わる翼君へと体を向けた。


「……」


 彼は真っ直ぐにわたしを見て、ただ言葉を待っている。


 一度わたしは眼を閉じて、この四年間を思い出した。


 本当に幸せだった。


 彼の不幸を礎にしたあまりに甘美で幸福な世界だった。


 それにわたしは幕を下さなければ成らない。


 カーテンコールの準備はとうの昔に出来ている。


 瞳を開けた。


 翼君は穏やかに笑って、眼を細める。


「ごめんなさい。あなたを不幸にしてしまった。ありがとう。わたしはとても幸せだったわ」


 しばらくの間があった。


「……なら、良かった。本当に良かった」


 頭を下げたわたしには翼君がどんな表情をしているか分からない。


 きっと見てはいけない。


 もし、今の翼君の顔を見て良い人が居るとするなら、それは飛鳥だけだ。


○望月風香→立花翼


 あれから、つぐみと父と母が帰って来てしばらくの時間が経ち、時刻は午後八時を回っていた。


 カノジョは時間的にそろそろ帰らなければならなくなり、私達は月に照らされながら夜道を歩いていた。


 カノジョを望月家まで送り届けているのである。


 黒と白のトレンチコートの裾が揺れる。


 そろそろ上弦を迎えようかと言う月は緩慢に動きながら私達に付いて来た。


「明日から大学ですね。風香さん」


「そうね。そろそろ学年末試験だわ。勉強は大丈夫なの?」


「知っての通りしっかりと勉強していますから大丈夫だと思いますよ。風香さんは?」


「翼君も知っている様に、わたしも対策しているわ」


 私達はこの二年間大体ずっと一緒に勉学に励んでいたのだ。互いの理解度は良く分かっている。


 余程の事がなければ試験は大丈夫だろう。


 柔い月明かりが雪の様に落ちてきて、私は眼を細める。


「プリン美味しかったですね」


「そうね。飛鳥が好きだったプリンだもの」


「確かに。兄の舌は確かでした」


「ええ。何度も美味しい物を教えてくれたわ」


 知っている。兄の日記で読んでいた。


 今、その日記は紙袋に入れられてカノジョに抱えられていた。


 ああ、やっと渡す事が出来た。

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