六
あれから七分ほどの時間が経ち、私達の涙がやっと止まった。私とカノジョは未だ地べたに座り込んで抱き合ったままであり、そんな我々へつぐみが近付いてきた。
「いやあ、二人ともごめんね~」
妹はニカッと笑っており、それに私はわざとらしくため息を付いた。
「……やってくれたな」
「流石でしょ?」
「ああ、完全に騙された。何時の間に準備していたんだよ?」
「一昨日、風香さんの家から帰った後から。ここに居るみんなにあれこれ付けて連絡して協力してもらったの」
散歩に行くと言って帰りが遅かったあの日、こいつはカノジョの家に行っていたのか。
「良くそんな短時間でこんな大それた事出来たな? 病院からも許可貰ってるんだろう?」
「うん。ほら、ここって風香さんのカウンセリングしている病院でもあるじゃん? 割と簡単に許可は降りたよ」
それは嘘だろう。確かにこの病院でカノジョは何度かカウンセリングを受けているが、病院がそうそう簡単にこの様な迷惑行為の許可を出すはずが無い。
きっと、つぐみ並びに立花家と望月家の両親が病院に頼み込んだのだ。もしかしたら沢口もその場に居たかもしれない。
「……まったく、大した妹だよ。お前は」
やれやれ、と私は首を振った。
「でしょ?」
ドヤ顔である。
と、ここでずっと私の胸に顔を押し付けていたカノジョが身動ぎをして顔を上げた。
「……やられたわ」
憑き物が落ちた様な呆けた表情をして、カノジョは眼を瞑った。
私はそれに苦笑し、同意した。
「確かに、やられました」
カノジョは私へと顔を向け、眼を細める。
寂しげであり切なげであったが、苦しそうではなかった。
「……んじゃ、とりあえず立ちましょう。ギャラリーも増えてきました。ずっと座っていたら病院に迷惑です」
「そうね」
私達はその場から立ち上がり、罠に嵌めた全員を見た。
父、母、つぐみ、沢口、悠太郎さん、玲子さん、良くも騙してくれた。
「「……ありがとうございます」」
声が重なり、私達は揃って一度頭を下げた。
こちらを見つめる十二の瞳は穏やかで苦笑しているようで微笑んでいるようでもあった。
悠太郎さんがこちらへと近付いてくる。
「僕達大人はここで病院の方々に礼を言ってくるから、翼君と風香は先に帰っていなさい」
彼の言葉に私とカノジョは頷いて、ギャラリーの注目を集めながら慶人会病院の自動ドアを潜った。後ろからはつぐみと沢口も付いて来ている。
適当に乗り捨ててしまった沢口の自転車を回収するまで私達四人に会話は無かった。
気まずいが心地良い沈黙が我々を包み、私は左側に立つカノジョに意識を向けずには居られなかった。
「……自転車ありがとうな」
「おう」
自転車を返すと、沢口はすぐさまこの愛車へと跨り、つぐみへと声をかけた。
「つぐみちゃん。ちょっと二人乗りしない?」
「良いですね。久しぶりに」
つぐみはトンと自転車の荷台へと腰かけ、彼らはヒラヒラと私達に手を振った。
「それじゃあ、立花。俺とつぐみちゃんはちょっとぶらりしてくるから、お前らは先に帰ってろよ。それと、これさっき買ったプリン。二人で食べろ」
先ほどキャロットハウスにて購入したプリンを私へと押し付け、返事も聞かず、沢口はペダルを漕ぎ出した。
「あ、おい」
「それじゃあ、翼兄ちゃん、風香さん、立花家で会いましょう」
「またなー」
聞く耳など持つ気は無い様で、彼らはこの場から去ってしまった。
残されたのは私とカノジョだけである。
「……どうしましょうか?」
聞いてみると、カノジョはしばらく黙った後、意外とあっさりとその言葉を口にした。
「…………線香を上げに行かせて貰えないかしら?」
「……それは是非」
断るはずも無い。




