三
「……ハッ……ハッ!」
私は全力で自転車を立ち漕ぎし、慶人会病院を目指していた。この病院は私達が暮らす街の中で最も大きい大病院である。
先の電話で、つぐみを問い詰めると、つぐみはカノジョがこの病院に搬送されたと言ったのだ。
動揺した私が震え声で沢口にこれを話すと、彼は
『早く行ってこい!』
と、私からプリンを受け取り、自転車を貸してくれ、私はすぐさま彼の愛車に跨り、その場から慶人会病院へと走り出した。
今の私の頭の中にはカノジョの事しかない。
ペダルを回す太腿が悲鳴を上げているが、そんな事はどうでも良い。
頭の中で描く病院への最短ルートをなぞりながら進むが、途中何度も赤信号に捕まる。
「くそっ!」
思わず悪態を付いた。赤が青に変わる一分ばかりの時間が煩わしい。
信号が青に変わった瞬間、私は再びペダルへと力を込めてその場から加速する。
ただ、自分に、急げ、早くしろと命じていた。
何故?
何故、カノジョが轢かれた?
無事なのか?
生きているのか?
死なずに済むのか?
グルグルと疑問が際限なく浮かび、全てが焦燥を募らせる。
間違い無く人生で一番急いでいるのにも関わらず、眼に映る景色が全てスローモーションに見えた。
「恨むぞ、神様!」
四年前の兄と同じ様にカノジョを連れて行くつもりなら、私は神と呼ばれる物を許さない。
顔を歪めてペダルを回す私を通行人の人々が指差しているが邪魔である。
その暇があるのならそこからどけ。
心臓の苦しさが気に成らなくなった頃、目当ての病院に着き、私は駐輪場と思われる場所に自転車を乗り捨てて、慶人会病院の一階エントランスへと駆け込んだ。
そこには父の車で先に来ると行っていたつぐみが居た。
私を待っていたのだろう。
脚の勢いを止めず、私はつぐみへと駆け寄り、その肩を掴んですぐさま聞いた。
「風香は何処だっ?」
「……兄ちゃん」
つぐみは眼を逸らし、それに私は恐怖した。
「早く言え。何処に居る?」
答えを渋るつぐみに私の焦燥は最高となった。
まさか、最悪の結果になってしまったのか?
また、私の大事な人が居なくなってしまうのか?
恐怖は瞬間的に爆発し、私は息が止まった。
と、唐突につぐみの表情が変わった。
私の背後へと視線を向けた後、愛おしい妹はにんまりと笑ったのだ。
「……ごめんね、翼兄ちゃん」
「……は?」
私は何故今つぐみに謝られたのか分からなかった。
未だ心臓は早鐘を打ち、脳は茹っていた。
上手く思考が働かず、一体妹が何を考えているのか分からなかったのだ。
しかし、何故笑ったのかを問い掛ける前に、その答えが私の背後より襲って来た。
ドンッ、と唐突に私は背後より衝撃を受けた。
どうやら体当たりを受けた様だ。
私は体当たりをして来た誰かと共に揉みくちゃに成りながら、病院の床を転がり、視界が二転三転した。
「……何だ?」
背中に痛みを覚えながら、上半身を起こした私は絶句した。
私の眼と鼻の先に、カノジョが、望月風香が居たからだ。




