二
夕食が終った頃には二十時を回っていて、カノジョが皿洗いをしている間、私は風呂を洗っていた。
このバスタブが日々私達の疲れを癒してくれている。
やはり、風呂は良い。命の洗濯とは良く言った物で、入る度に疲れが湯に溶けていくのを実感した。
手早く風呂洗いを終えた私はお湯を入れ、まだカノジョが皿を洗っている台所へと戻った。
「手伝おうか?」
「いらない。テレビでも見ていて」
そう言われてしまってはしょうがない。
先ほど私達が食事をしていたリビングへと戻り、白いソファに腰掛けて、部屋の脇に置かれたテレビの電源を付けた。
丁度良い具合にバラエティ番組がやっていて、テレビの中で芸人達が体を張って笑いをとっている。ふむ、中々に面白い。
……私とカノジョなら絶対にアマゾンになど行かないだろう。鰐に食われてしまいそうだ。
テレビを見て五分ほどしたら、突然両頬がピタッととても冷たい物に挟まれた。
「冷たっ」
犯人は分かりきっていて、両頬を押さえた物を手に取るとそれはカノジョの両手である。
後ろを見るとカノジョは悪戯が成功した子供のような顔をしてニッと笑っていた。
「冷たいでしょう? 暖めて」
「はいはい。座れば?」
カノジョは私の右隣へと腰掛けて、私は両手を使い皿洗いで冷たくなったカノジョの左右の手を包んだ。
この冬場水仕事はさぞ冷たいだろう。風呂場の水もとても冷たかった。
「あ、この芸人さんまた出てる。人気なのね。一発屋で無ければ良いけれど」
「大人気じゃなければ大丈夫だろう。何事も長続きするには細々とする事だよ」
「なら、飛鳥的にはこの芸人さんはどう思うの? そこまで大人気って訳じゃないけれど?」
「来年まではテレビに居ると思うよ」
テレビ内でその芸人の彼は見るからに全力疾走でアフリカの大地を駆けていた。どうやら地元の村の男性達と徒競走をしているらしい。アフリカの若者と体力勝負をして何になるのかやや疑問である。
芸人の彼は頑張ったのだろうが、村一番早いという村の若者に三メートルほど差を付けられて負けてしまった。日本育ちがアフリカ大地で生きている若者に脚力で勝つのは難しいのかもしれない。
「そろそろお風呂出来たかしら?」
「出来たと思うよ。お先にどうぞ」
「ええ」
カノジョは立ち上がり、私達の寝室へと向かった。そこに寝巻きや下着などの衣類全般が入った棚があるためだ。
「じゃあ、先に入るわ。覗いても良いのよ」
「はいはい」
カノジョの戯言を聞き流して、私は野球中継へとチャンネルを変えた。
四年ほどカノジョの彼氏をやって分かった事だが、どうにもカノジョは二人きりに成ると幼くなる。
風呂から上がり、二十一時ほど。寝巻きに着替えた私とカノジョは先の食卓の上に各々のパソコンを置いて、レポートを書いていた。
一昨日実験があり、そのレポートを出さねば単位をもらえないのだ。
当然、ギブミー単位なので、私達は昨日からこのレポートを書いている。
「飛鳥。ここの意味教えて」
レポートの何処かで詰ったのだろう。カノジョが実験の教科書を広げ、私へとそこに書かれた内容の意味を聞いてきた。
同じ実験のレポートなのだから私のレポートを写せば良いと考えない所が立花飛鳥のカノジョに惚れた理由の一つである。
「ああ、ここは――」
カノジョの疑問に私なりの解釈を混ぜながら説明し、カノジョは納得したようだ。
「良し。分かったわ。ありがとう」
それから二時間半、シャーペンとキーボードを打つ音だけが部屋に響き、私の方は何とかレポートの形が出来た。後は内容を確認し、印刷して提出すれば終わりである。
「俺の方は大体終ったけど、そっちは?」
「あと少し」
レポートを保存し、私は伸びをしながら立ち上がり、台所の冷蔵庫へと向かった。中にはフルーツジュースが入っている。
ジュースを二つのコップに注ぎ、片方をカノジョに渡す。
「ありがと」
「ん」
再びカノジョの向かいに腰掛けて、私は先ほど書き終えたレポートを読み直した。
一時間ほどして、どうやらカノジョのレポートも完成したらしく、私達は歯を磨いて寝る事にした。日付は半時間ほど前に変わっており、そろそろ眠気が襲ってくる。
歯を磨き終わり、スースーする口内を感じながら、私達は寝室へと入った。
中央に二人用のベットが置かれ、その隣に衣装箪笥と本棚、加えて小さな机が置かれている。
「飛鳥、寝ましょう」
カノジョはモソモソと布団に潜り、手招きをした。
私はそれに慣れた調子でその左隣へと潜り込み、机の上に眼鏡を置く。
少し伸びをして部屋の明かりのスイッチをオフにした。
瞬間、世界が暗くなる。
モゾモゾとカノジョの左手が私の右手を握った。
布団はまだ冷たいがそこだけが暖かい。
「おやすみ。飛鳥」
「おやすみ。風香」
今日もカノジョとの一日が終った。とても私は幸せだったのだろう。
私はちゃんと望月風香の彼氏をやれていただろうか?
四年前、望月風香の彼氏に成ったあの日から、私は毎晩それを思いながら眠りについている。