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花弔風月  作者: 満月小僧
私のカノジョへの秘密
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 後日、兄の眼鏡を掛けて望月家を訪れた私を見た悠太郎さんと玲子さんは苦々しく顔を歪めた。


 私はできる限り明快に快活に私が立花飛鳥として生きる事を説明した。


 彼らは共に険しい顔で私を見て、その場で深く頭を下げた。私にそんな選択をさせてしまった謝罪と、カノジョを助けてくれる感謝であったらしい。


 何度も何度も謝る彼らを宥めて、私は彼らに協力を要請した。いくら私が立花飛鳥を演じていても彼らが真相を話しては意味が無い。


 悠太郎さんと玲子さんは私の要請を受諾し、晴れて私と彼らは協力関係を築く事になり、私は早速カノジョの部屋へと向かった。


〝また来る〟とカノジョには約束していたので、それを守る事としたのである。


 望月家の階段を昇りながら、私は責められるべき自分の選択が招くであろう未来に気持ちが沈んだ。


 まあ、決めてしまったのだから、どんなに大変でも頑張るしかない。


 未だ、何時までカノジョの彼氏をやるかは決まっていない。


 それは追々考える事にした。とりあえず、目先に迫ったカノジョとの会話を切り抜ける事が大事である。


 そんな私を出迎えたのは


『久しぶり。待っていたわよ。飛鳥』


 と微笑むカノジョの姿であった。


 それは何とも美しかった。



 カノジョの前で立花飛鳥と生きる事にした私だが、問題は山済みだった。


 とりあえず、兄の遺品である眼鏡を譲り受けた。事故によって多少の傷は付いたが掛ける分には問題が無い。


 兄と違って私は眼が良かったので、眼鏡のレンズを度無しの硝子に変えた。


 兄は私と違って左利きだったので、その日から私は左手で文字を書く練習を始めた。ミミズの様な線は三ヶ月もするとまともな字に成った。


 更に成績である。兄は学年一位であったので、兄と同じY大に行かなければ成らない私もまたそれを目指す事にした。勉強量は数倍に成り、ノートは瞬く間に積み上がって行った。


 兄と同じ順位に成ったのは一年後の学年末テストである。


 私はほぼ毎日カノジョに会いに行き、毎日のように立花飛鳥を演じた。兄は日記を残してくれたので、カノジョと思い出話をする事は出来たし、危ない場面はあったがカノジョも怪訝な顔をする事は無かった。


 この様な立花翼と立花飛鳥の二重生活を送っている内に、気付いたら私は視界の端に移る眼鏡の縁に慣れていた。カノジョの前で違和感無く立花飛鳥を演じられる様に成っていた。


 慣れという物は恐ろしい。


 何度も自分が誰なのか忘れそうになり、その度に体が震えたが、私は意地で自分が立花翼だと言い聞かせ続けた。


 幸いにして、カノジョの私に対する認識は中々に都合良く出来ていた。


 立花飛鳥の死に関わる全ての情報はカノジョの中で都合良く改竄されていた。たとえば、私――つまり、カノジョの中での立花飛鳥――とカノジョ自身が何時まで経っても大学に行かない事を疑問としなかった事などが挙げられる。


 そのくせ、四季の移りなどは正確に読み取っていたのだから、卑怯なほど都合が良い認識である。


 カノジョの中では望月風香の春休みと私がY大に受かるまでの二年間が矛盾無く存在していたのだ。


 おそらくだがカノジョの歪んだ認識もまた防衛反応の一つだったのだ。定期的にカノジョと行った慶人会病院のカウンセリングでそう聞かされた。


 カノジョは何処かで兄の死を認めていたが、それから眼を背けるために認識を歪めたのだと、カウンセリングの医師は言っていた。


 まあ、その歪んだ認識のおかげで私は同級生としてカノジョと共にY大に行く事が出来たのだから良いとしよう。


 しかし、ここでまた更なる問題が発生した。


 カノジョと兄はY大に受かったら同棲する予定だったのだ。


 その話をカノジョから聞いた私は頬を引き攣らせた。全く兄は何と面倒な約束をしてくれたのだろう。


 私は再び両親に頼み込み、三日ほど続いた第九回立花家家族会議によって、私は何とかカノジョとの同棲の許可を貰い、晴れて私とカノジョは二人暮らしをする事と成ったのだ。その代わりに私が二十歳と成った年度の一月十一日、つまり生きていれば立花飛鳥の二十二歳の誕生日の日までにカノジョに全てを明かす事を約束した。


 それからの二年間、私がカノジョと関る時間はより濃密になった。四六時中私とカノジョは一緒に居て、二十四時間私は立花飛鳥であった。


 何度発狂しそうだったかは分からない。


 鏡を見てもそこに映る男が誰だか、私は確信を持て無くなった。


 私は本当に立花翼なのだろうか?


 立花飛鳥なのではないだろうか?


 私は誰だ?


 アイデンティティが崩壊しかけた。


 苦しかった。カノジョと共に居る毎日は真綿でジワジワと首を締め上げていくようで、私から息をする事を奪っていった。


 だが、それと同時に私は幸せでもあったのだ。


 カノジョとの日々は幸せと愛に満ちていて、仮初とは言えそれを享受する事は甘美だったのだ。



 カノジョの愛は欠片さえ立花翼に向いていなかった。


 だから私は苦しくて、


 それでも私は幸せだったのだ。

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