八
ここで余談だが、私の容姿について語ろう。
私の見た目を簡単に説明するのであれば、兄から眼鏡を外した感じである。
もちろん私と兄は一卵性双生児でもまさかのクローンでも何でも無く、単なる兄弟であったので、見た目の全てが全て同じな訳では無い。
しかし、私と兄は服を入れ替えて、少し話し方を変えれば、周りが騙される程度には似ていたのだ。
実際に前回の葬式でも参列した十数名が私を兄と間違えたし、この一月何度か家族が私と兄を見間違えていた。
悠太郎さんと玲子さんはその場から動けなかった。娘の異常行動に理解が追いついていなかったのだ。
『風香? 何を言っているの? 飛鳥君じゃないわ。翼君よ?』
『飛鳥、コンタクトにしたの? あんなに眼に硝子を入れるのが恐いと言っていたのに。大学デビューでもする気なのかしら?』
玲子さんの言葉など届いていないかの様に――実際に届いていないのだろうが――カノジョは微笑んだ。
私はゾッとし、同時に理解した。
望月風香は壊れてしまったのだ。
どうしようも無いほどにカノジョは兄が、立花飛鳥が居なければ駄目に成っていたのだ。
『……しかも何? 高校の制服なんて着て? 私達は春から大学生に成るのよ? 確かにまだ書籍上は高校生だけれど、もうコスプレに成ってしまうわ』
『風香。止めなさい』
鋭く言う悠太郎さんの言葉もカノジョには意味を成さない。
カノジョは微笑んでいた。
それは在りし日の、私が図書館で見た物と同一である。
だからこそ狂気であった。
だが、美しい。
それは廃墟が持つ不思議な魅力と似ている。壊れそうな、壊れてしまった物が見せる美しさだ。
『……さっきから何で黙っているの? 別にコンタクトがあなたに似合っていないと言った訳では無いのよ。ただずっと掛けていた眼鏡が無くなったのが少し寂しかっただけで。気に障ったのなら謝るわ。ごめんなさい』
返事をしなかった私に何を思ったのか、俄かにカノジョが騒がしくなった。
カノジョは怯えている。立花飛鳥には何としても嫌われたくないのだろう。
私は瞬間考えた。
立花翼は今どう言う言葉を返すべきなのか。
『飛鳥? 怒ってしまったの? ごめんなさい。何度でも謝るから。許して』
カノジョは頭を下げた。
数瞬だけ悩んだが、私は胸中でため息を吐きながら決断する。
一度眼を閉じて私は兄の事を思い出した。
兄は一体どういう口調だっただろうか?
『いや、ごめん。怒っているわけじゃないよ。少しだけ風香をからかっただけ。ちょっと考え事もしていてね』
悠太郎さん達が眼を見開いてこちらを見たが、私はそれを無視した。
転がり始めた石が砕けるまで加速し続ける様に、選択肢を間違えた私は更に間違え続けることにした。
『……本当?』
おずおずとカノジョが顔を上げた。
『うん。本当だよ。俺が風香の事を嫌いに成るはずが無いじゃないか。ごめんね。不安にさせちゃって。後、眼鏡は昨日壊しちゃって修理中なだけ。風香が好きな眼鏡の飛鳥君は近日中に帰って来るよ』
『……なら良いわ。反応してくれないと不安に成るじゃない。私が寂しがり屋だと知っているでしょう?』
『寂しがり屋って言うより甘えん坊だね』
『……もう』
カノジョは可愛らしくむくれ、それに私はアハハと笑った。
そうだ。確か兄はこの飄々とした感じでカノジョと話していたはずだ。記憶を掘り起こして、ずっと私が見てきたあの図書館の日々を私は真似をした。
『ふわぁ』
と、カノジョが大きく欠伸をした。
『眠いの?』
『ええ。何でかしら? とても眠いわ』
カノジョは眠そうに眼を擦っている。
『また来るからさ。今は寝ちゃいなよ』
『うーん。分かったわ。必ずまた来てね』
少しだけカノジョは残念そうにしたが頷き、ベットへと転がり、布団を被った。
そして、ものの十秒で寝息を立て始める。
まるで糸が切れた人形の様だ。
いや、やっと糸に結ばれた人形と言った方が正解だろうか。
『……出ましょう』
カノジョが完全に眠りに落ちたのを確認し、私は短く言って、悠太郎さんと玲子さんを連れてカノジョの部屋から出た。
日記は私が持ったままである。




