表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花弔風月  作者: 満月小僧
私のカノジョへの秘密
18/42

 葬式場に居た誰もの空気が止まった。


 ただ、カノジョの声が響くばかりで、急激に部屋の温度が下がる。


 異様な光景だった。


『そんな狭い所で何寝ているのよ』


『明日は大学で必要な物を買わないといけないのだから、早く起きなさい』


『私の声が聞こえないの?』


『分かったわ。私をからかっているのね。いつもみたいに』


 カノジョは膝を折って、届かんばかりにその顔を兄の顔へと近づけた。


『これだけ近ければ聞こえるわね』


『狸寝入りはもう止めなさい』


『……これ以上黙っている気ならキスするわよ』


 数瞬の間を持って、彼女は兄の唇と自分の唇を重ねた。


 童話ならこれで兄の瞳が開きそうな物だが、そんな事は起きる筈が無い。兄は毒リンゴで死んだ訳では無いのだ。


『……あら? 今日は強情ね。いつもならこれで飛び起きそうな物だけれど』


『良いわ。そういう事なら持久戦ね。あなたが起きるまで何度でもキスをしてあげるわ』


 カノジョがまた兄の唇にキスをしようとした所で、ハッと私はカノジョへと走りよりその肩を抑えた。


 これ以上は私が見ていられなかった。


 肩へと触れられてカノジョの体がピタリと止まった。


 カノジョは緩慢に私へと眼を向けて、一瞬眼を見開いて、


――――飛鳥?


 そう小さく呟いた。


 聞こえたのは私だけであろう。


『え?』


 私が動いた事で場の空気が再び動き出し、悠太郎さんと玲子さんがカノジョへと駆け寄った。


『風香。止めなさい。飛鳥君はもう死んでしまったんだよ』


 カノジョは悠太郎さんの言葉に首を振った。


『何を言っているの、お父さん? 飛鳥が死ぬはずが無いわ。ただ私をからかおうとしているだけよ。こんな大掛かりなセットまで作って失礼してしまうわ』


 悠太郎さんと玲子さん、そして私を初めとするこの会場に居る誰もが絶句した。


 カノジョの言葉の色に嘘が無かったからだ。


 カノジョは本心からそう発言したのだ。


『違うわ、風香。これはジョークでも何でも無い。飛鳥君は死んだのよ。あなたもその目で見たでしょう?』


 玲子さんの言葉もカノジョには届かない。


『いいえ。見ていないわ。そうよ。飛鳥は死なないわ。約束してくれたもの。何があっても私を一人にはしないって。飛鳥は絶対に約束を破らないわ』


『いい加減に現実を見なさい。飛鳥君は死――』


『死んでないっ!』


 カノジョが叫んだ。それはまるでヒステリーを起こした女優の様でもあり、夫を失った雪女の慟哭の様でもあった。


『飛鳥は絶対に生きているっ、絶対に絶対に飛鳥は起きるわ! 私を一人にしない! 四月から一緒にY大に通うのよ! 飛鳥は、……飛鳥は――』


 そこまで言って唐突にカノジョは膝から崩れ落ちて気を失った。


『…………』


 葬式情に居る誰もが口を開けなかった。皆氷付けにされたように口を閉じ、沈痛な面持ちで顔を伏せていた。


『……申し訳ございません』


 悠太郎さんと玲子さんが私達に頭を下げて、カノジョを抱えて葬式場から出て行った。



 それから葬式は滞りなく進み、兄の体は火葬され、私が簡単に抱えられるほどのサイズの骨壷へと入れられた。


 父も母もつぐみも誰もが泣き腫らし、この骨壷を抱えられるとは思わなかったので、兄は私が抱える事と成った。


 生前の重さの何分の一なのだろう? 腕に掛かる重さにぼんやりとそう思いながら、私達は立花家へ帰宅し、兄をつい先日まで共に囲んでいた食卓へと置いた。


『飛鳥ぁ』


 母の涙腺が再び決壊し、その場で泣き崩れ、父が母の方を抱いてまた泣き出した。


『……』


 つぐみの涙はどうやら枯れた様で、我が妹は何の感情も移していない瞳で、食卓へと置かれた骨壷を見ている。


 どうやら、私が泣けるのはまだまだ先の事に成りそうであった。


 大きく息を吸って私は食卓とセットの椅子に座り、ゆっくりと長く息を吐いた。


 脳裏には葬式場でのカノジョの姿が過ぎっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ