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花弔風月  作者: 満月小僧
私のカノジョへの秘密
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 私がカノジョ、望月風香と初めて出会ったのは七年前。中学二年生の春の時である。私が通っていた中学は中高一貫校であり、私と兄はそこへ通っていて、兄はその時高校一年生であった。


 望月風香は兄と同じA組だった。(ちなみに我らが学校でのA組とは成績上位クラスの事であり、兄は私の眼から見てもとても頭の良い人間であった。)


 私がカノジョと出会った原因は我が兄の所属していた委員会に起因する。


 兄は何故か何の縁も無い図書委員に所属していて、カノジョもまた図書委員であったのだ。


 中学二年の私が暇なので図書室にあったブラックジャックを借りに行った時、兄とカノジョに出会ったのである。


 カノジョへの第一印象は静かな人だった。暇なのか色々話しかけている兄と対照的にカノジョは一言二言短く言葉を返すのみであり――図書室内なのだから当たり前なのだが――彼らはとても静かに過ごしていた。


 兄が異性にああも楽しげに話しかけていたのは初めてだったので、家に帰った私は兄に何故そこまでカノジョへ話しかけていたのか問い掛けた。


 すると、彼は笑いながらこう答えた。


『何かすごく面白そうな人だと思ったから』


 私は定期的に図書室に通った。元々本が好きだったし、通学時の電車の時間を潰すのに丁度良かったためである。


 そのため、図書室に行く事が習慣と化した私にとって、兄とカノジョが共に図書委員として仕事をしている様を見るのもまた一つの習慣と成っていた。


 兄は弟の私が言うのも何であったが変人で、家族である私でさえ思考を読み取れず、眼鏡の奥はいつも何を考えているか分からない、けれど理知的な光で満ちていた。


 その兄が『面白い』と評価したカノジョの事が私は気に成っていた。


 図書委員としての仕事はあまり多くないらしく、兄とカノジョはポツポツと本の返却や貸し出しを行っていた。


 カウンター席の兄とカノジョの距離は日が経つ毎に――牛歩の歩みよりも遅いペースだったが――近付いていったように私には思えた。


 遠くからそれを見ていたので兄の言葉にカノジョがどう返事をしていたのかは分からなかったが、日に日にカノジョが兄へと作っていた壁の様な物が薄れていったのだ。


 白状してしまえば、この時点でおそらく私はカノジョへと恋慕の情を持っていた。


 彼女の持つ物静かだが凛としている雰囲気に私は惹かれていたのだ。


 だが、中学二年生というおそらく人生で最も馬鹿な時期に居た私は自身の淡い恋心に気づく事も無く、毎日毎日同級生たちと生産性の無い会話で青春を消費していた。



 そんな懐かしき我が青春の日々のある日の事である。


 制服も夏服へと切り替わり、運悪く普段共に遊んでいた友が全員風邪で全滅し、何故か私だけが奇跡的に生き残っていた日の事。放課後共に遊ぶ相手も居なかった私は読みたい本も無かったが暇潰しに図書室を訪れた。


 図書室は相も変わらず閑散とした雰囲気を保っており、ちらほらと勉強をしている生徒や読書中の生徒が見えるだけである。


 そんな中、カウンター席にてカノジョが文庫本を読みながら一人で座っていた。


 図書室のドアを開けた私にカノジョはチラッと一瞥をくれた後、視線を文庫本へと戻して、ペラペラとページを捲り始めた。


 はて、こんな事は初めてである。


 いつものカノジョならば誰が来ようとも本からは視線を外していないはずだ。


 兄との――兄が一方的に話しているとも言える――会話の中でもその視線がページから離れる事は無かった。


 だが、そんなカノジョがその日初めて私へと視線を割いたのである。


 一体何故なのか?


 文庫本を手にとって適当な席に座り、私はしばし考えたが、疑問は十分も経たない内に解決した。


 図書室のガラス張りのドアを開け、兄が訪れたからである。


 私は見逃さなかった。


 兄が入ってきた瞬間、彼の姿を認知したカノジョが兄に見えないように小さく小さく微笑んだのだ。


 気付いたら私は息を忘れて眼を奪われていた。


 人はここまで幸せそうに笑える物なのか。


 何か謝っている兄に、澄まし顔で対応しているカノジョ。


 謀らずも、私はカノジョの心の一端を覗き見てしまったのだ。


 私は思った。兄は何とすごい人物なのだろうか。


 彼は氷の女王を溶かしたのだ。


 氷に隠されたあの暖かい笑顔を兄は見つけ出したのだ。


 何と尊い事だろう。


 この時になって初めて、私はカノジョへと恋を自覚した。


 私は今カノジョが見せた笑顔を見たかったのだ。


 あの笑顔を私へと向けて欲しかったのだ。


 けれど、あの笑顔は兄だけが誇れる物である。私が汚してはならない物だった。


 私は自分の恋に気付いた瞬間に失恋したのだ。



 私の中学二年生が終わる頃の三月十四日、ホワイトデー、カノジョと恋人になったという報告を兄自身から受けた。


 これまでに、体育祭で倒れたカノジョを兄が助けたり、文化祭に来た従妹にカノジョが嫉妬したり、何故かクリスマスデートしたり、新年に大国主神社でばったり会ったり、バレンタインデーにチョコ紛失事件を解決したり、と波乱万丈のエピソードがあったらしいが、それは私にはどうでも良かった。


 私が見てきたのは図書室での兄とカノジョである。


 ならば私にとっての彼らは図書室で完結している。


 兄の報告を受けた私は素直に祝福した。この頃には私は失恋から立ち直っていたし、兄が本気でカノジョに惚れている事は分かっていたし、カノジョもまた兄へ陶酔していた事は見て取れたためである。


 だから、兄へと向けた『おめでとう』という言葉は真実なのだ。

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