五
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十二月三十一日。大晦日となった。
時刻は十九時。デートが終った私達はその足で望月家を訪れていた。
今日はここで年越し蕎麦をご馳走に成り、その後初詣を見に行く予定なのだ。
「やあ、良く来たね」
カノジョの父、悠太郎さんが朗らかに笑いながら私を出迎えてくれた。台所から昆布出汁の匂いが漂ってくるので、カノジョの母の玲子さんは台所に居るのだろう。
「どうも。今年もご馳走になります」
悠太郎さんに会釈をして、その後玲子さんにも挨拶をした。エプロン姿の玲子さんは『いらっしゃーい。自信作だから楽しみにしていてねー』と彼女らしい間延びした声で笑う。
「飛鳥。私の部屋に行きましょう」
「うん」
カノジョに連れられて、四年前より訪れるようになった二階のカノジョの部屋へと私達は足を踏み入れた。
全体的に緑色が多いカノジョの部屋は綺麗に整頓されているが、ベットに堂々と置かれた大きな――私の腰の高さほどある――熊のヌイグルミ(通称ボブ)が相変わらず眼を引く。
「蕎麦が出来るまで後少しだけど、何をしてましょうか?」
座布団を床に敷いて私達は座り、空いた少しの時間をどう潰すか話し、結果、ポーカーをする事となった。
もう少し他にやる事は無かったのかと思わなくも無いが、これはこれで立花飛鳥と望月風香らしい。
五戦し、二勝二敗一引き分けと成った頃、一階から玲子さんの声が響いた。
蕎麦が出来た様だ。
一階に下りてみると、テーブルには玲子さん特製の鴨出汁年越し蕎麦が四人分置かれていて、その匂いに私とカノジョは感服した。この匂いは美味しいに違いない。玲子さんは調理師免許を持つほどの腕前であり、その味は折り紙つきである。
「お母さん、美味しそうね」
「美味しいのよー」
カノジョと玲子さんのやり取りを聞きつつ、私達はテーブルへと腰掛けた。私の右隣にカノジョが座り、私の向かいに勇太郎さん、その左手側に玲子さんという順番だ。
悠太郎さんが軽く咳払いをして、口を開いた。
「では、今年も一年お疲れ様でした。いただきます」
これに我々も続き、いざ年越し蕎麦を口にした。
左手で箸を持ち、蕎麦を一口啜る。
やはり美味い。
玲子さん特製鴨出汁年越し蕎麦に舌鼓を打ちながら食事を終え、私達は食器を片付けた食卓でこの一年の事を思い返していた。
「今年も色々あったね。飛鳥君と風香がこうして仲良く出来て僕も嬉しいよ」
「ほんとねー。あなた達が付き合ってもう随分経つ物ねー。飛鳥君には家の娘が迷惑をかけて申し訳ないわー」
「お母さん。それどういう意味かしら? わたしは飛鳥に迷惑かけてないけれど? ねえ飛鳥?」
「黙秘します。まあ、今年も俺は良い彼氏をやれていたと思うよ。うん」
わいわいと望月家で過去を振り返るに、今年も私は彼氏をしっかりとやり切れていたと思う。
中々に幸せであった。
一年の思い出を話していたら、ふと、悠太郎さんが私に聞いてきた。
「そう言えば、飛鳥君。君はもうお酒を飲めるんだっけ?」
彼の質問にはカノジョが答えた。
「飛鳥はまだ十九よ。誕生日は来月の十一日」
「そうなの。まあ良いや。飛鳥君。男同士の話をしようじゃないか」
「お父さん。わたし達そろそろ出発なんだけど?」
時刻は十時を回った所、確かに後三十分もすれば私とカノジョは近所にある大国主神社へと行くだろう。この神社はここら一体にある全神社の中で最も大きい神社であるため、早くから行かねば並ぶ事に成ってしまうのだ。
「まあまあ、すぐに終るから。風香はお母さんとガールズトークしていなさい」
「お母さんはガールじゃ――」
「風香? ガールズトークしましょー。ええ、ガールズよー」
カノジョは玲子さんとガールズトークを始めてしまい、私は悠太郎さんに二階の望月家夫婦の寝室へと連れられた。
寝室に入るや否や、悠太郎さんは深く息を吐いてこちらを見た。
「……ふう。悪いね、急に。どうしても話しておきたくてね」
「まあ良いですよ。じゃあ俺達はボーイズトークをしましょう」
この言葉を皮切りに、私と悠太郎さんの顔から笑顔が消えた。




