表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

6・けついひょーめい

 センターに着くと、先に出会った迷子の少女が仁王立ちしていた。「熊!」と叫ぶ。「遊べ!」

「元気のいい小娘だ」

 日々輔は、言うが早いが飛び掛り、センターの中で鬼ごっこが始まった。きゃあきゃあと、楽しそうに少女がはしゃぐ。きっと、熊の中の日々輔は汗だくだろう。

「なんだか、ごめんね」

 センターで、園内放送を担当している小西(こにし)が瑠香に向かって頭を下げた。

「いえいえ。だけど、この分だと私の出番は無さそうですな」

 センターで走り回る日々輔と少女を見る。日々輔が少女を捕らえたかと思うと、どこから手に入れたのか、少女が玩具の剣を振り回し、何度も日々輔を斬りつけた。「やめるクマー」と、取って付けた様な語尾を付けながら日々輔が倒れた。少女の追撃は止まない。「きゃあきゃあ」と笑いながら、何度も日々輔を叩く。

「日々輔君は、本当に子供にもてるよねぇ。何か秘訣とかあるのかな」

「多分、精神年齢が子供と近いんじゃないかと」

 二十歳を超えた男が、『ぐるみ』について真剣に考えるとは思えないので、そう言った。その後で、支配人が、ぬ、と後ろから姿を現す。

「おー、やってるねぇ」

「オーナー。暇なんですか」

「うん、まぁね」

 即答されて、何も言えなくなる。ああ、そうですか。と呆れるより早く、感心してしまいそうになった。



「ママ、来ないね」

 不意に少女が、寂しそうにそう漏らした。先程まで、楽しそうに騒いでいたのだが、何がキッカケになったのか、唐突に、「捨てられちゃったのかな」と不安そうに呟いた。

「そんな訳ねぇだろ」

「だって、ママ、来ない」

 少女がセンターに着いてから、三十分は経っているだろうか。親の姿はまだ見えない。

「風船をもってないからだ」

 日々輔はそんな事を言った。風船? と、その場に居た誰もが首を傾げた。

「風船は、『待っている』事の決意表明だ。そうだろ?」

 決意表明、なんて言葉を子供が知っている訳も無く、少女はきょとんとしていた。真似る様に、「けついひょーめい」と微妙なトーンで呟いた。

「風船をもってれば、誰の目から見ても、誰かを待ってるんだな、と判る。風船はその為にあるんだ」

「本当?」

 と、少女が首を傾げる。嘘だよ、と瑠香は心の内でこっそり答えた。それから、風船を取りに楽屋に戻ろうと背を向ける。今、あの少女に必要なものは風船だ。

「熊も、誰かを待ってたの?」

 少女がそう言うのが聞こえた。「え?」日々輔が間抜けな声を上げる。

「だって、さっきお外で会った時は、風船を沢山もってた」

 日々輔がなんと答えるのか、興味があって、瑠香は立ち止まる。

「俺」

 珍しく、言葉に詰まっている。まるで天井に回答があるかの様に、首を上げて、「俺は」と、何度も呟く。

 結局、答えは出なかった。



 それから、十分は経っただろうか。その十分の内に、日々輔は少女にプロポーズされ、安易にそれを了承し、「だけど君が大きくなる頃には、冬眠してるかもしれない」と適当に誤魔化したりもしていた。それはともかく、十分後、少女の母親が涙ながらにセンターを訪ねた。

 瑠香は、まず母親の若さに驚いた。顔には幼さが残っていて、茶色い髪も若さを強調していた。二十台前半といった所だろうか。

 母親の顔を見て、緊張の糸が切れたのか。少女が大声で泣き出した。耳を塞ぎたく成る程の声だったが、着ぐるみの中なのでそれも出来ない。

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 母親は、何度も頭を下げた。「もう会えないかと思った」と、少々大げさな台詞も口にした。「もう会えない」という言葉に反応したのか、少女の泣き声は更に大きくなった。

日々輔はその光景を黙って見ている。


 小西(姉)。園内放送と迷子センター担当のお姉さん。

 小西(弟)。「犬だって取引はする」の秋色青年の友人。


 それはともかく、子供を書く事の難しさを思い知りました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ