6・けついひょーめい
センターに着くと、先に出会った迷子の少女が仁王立ちしていた。「熊!」と叫ぶ。「遊べ!」
「元気のいい小娘だ」
日々輔は、言うが早いが飛び掛り、センターの中で鬼ごっこが始まった。きゃあきゃあと、楽しそうに少女がはしゃぐ。きっと、熊の中の日々輔は汗だくだろう。
「なんだか、ごめんね」
センターで、園内放送を担当している小西が瑠香に向かって頭を下げた。
「いえいえ。だけど、この分だと私の出番は無さそうですな」
センターで走り回る日々輔と少女を見る。日々輔が少女を捕らえたかと思うと、どこから手に入れたのか、少女が玩具の剣を振り回し、何度も日々輔を斬りつけた。「やめるクマー」と、取って付けた様な語尾を付けながら日々輔が倒れた。少女の追撃は止まない。「きゃあきゃあ」と笑いながら、何度も日々輔を叩く。
「日々輔君は、本当に子供にもてるよねぇ。何か秘訣とかあるのかな」
「多分、精神年齢が子供と近いんじゃないかと」
二十歳を超えた男が、『ぐるみ』について真剣に考えるとは思えないので、そう言った。その後で、支配人が、ぬ、と後ろから姿を現す。
「おー、やってるねぇ」
「オーナー。暇なんですか」
「うん、まぁね」
即答されて、何も言えなくなる。ああ、そうですか。と呆れるより早く、感心してしまいそうになった。
「ママ、来ないね」
不意に少女が、寂しそうにそう漏らした。先程まで、楽しそうに騒いでいたのだが、何がキッカケになったのか、唐突に、「捨てられちゃったのかな」と不安そうに呟いた。
「そんな訳ねぇだろ」
「だって、ママ、来ない」
少女がセンターに着いてから、三十分は経っているだろうか。親の姿はまだ見えない。
「風船をもってないからだ」
日々輔はそんな事を言った。風船? と、その場に居た誰もが首を傾げた。
「風船は、『待っている』事の決意表明だ。そうだろ?」
決意表明、なんて言葉を子供が知っている訳も無く、少女はきょとんとしていた。真似る様に、「けついひょーめい」と微妙なトーンで呟いた。
「風船をもってれば、誰の目から見ても、誰かを待ってるんだな、と判る。風船はその為にあるんだ」
「本当?」
と、少女が首を傾げる。嘘だよ、と瑠香は心の内でこっそり答えた。それから、風船を取りに楽屋に戻ろうと背を向ける。今、あの少女に必要なものは風船だ。
「熊も、誰かを待ってたの?」
少女がそう言うのが聞こえた。「え?」日々輔が間抜けな声を上げる。
「だって、さっきお外で会った時は、風船を沢山もってた」
日々輔がなんと答えるのか、興味があって、瑠香は立ち止まる。
「俺」
珍しく、言葉に詰まっている。まるで天井に回答があるかの様に、首を上げて、「俺は」と、何度も呟く。
結局、答えは出なかった。
それから、十分は経っただろうか。その十分の内に、日々輔は少女にプロポーズされ、安易にそれを了承し、「だけど君が大きくなる頃には、冬眠してるかもしれない」と適当に誤魔化したりもしていた。それはともかく、十分後、少女の母親が涙ながらにセンターを訪ねた。
瑠香は、まず母親の若さに驚いた。顔には幼さが残っていて、茶色い髪も若さを強調していた。二十台前半といった所だろうか。
母親の顔を見て、緊張の糸が切れたのか。少女が大声で泣き出した。耳を塞ぎたく成る程の声だったが、着ぐるみの中なのでそれも出来ない。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
母親は、何度も頭を下げた。「もう会えないかと思った」と、少々大げさな台詞も口にした。「もう会えない」という言葉に反応したのか、少女の泣き声は更に大きくなった。
日々輔はその光景を黙って見ている。
小西(姉)。園内放送と迷子センター担当のお姉さん。
小西(弟)。「犬だって取引はする」の秋色青年の友人。
それはともかく、子供を書く事の難しさを思い知りました。