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5・ぐるみ

「ぐるみ、というのがあるだろう」

 ぐるみ、など聞いた事も無い。「無いですよ」瑠香は汗の雫が流れる顔をタオルで拭いた。濡れた髪が頬に付くのが鬱陶しくて、後ろに払う。それから兎の頭に手を伸ばした。

 休憩時間。冷え切ったコンビニ弁当を食い終えた日々輔は、休憩時間が残っているのにも関わらず、一秒でも早く顔を隠したい、とでも言う様に、直ぐに熊の頭を被っていた。真似る様に、瑠香も直ぐに兎の頭を被る。

「あるんだ」

 日々輔は、譲らなかった。「ぐるみだぞ、聞いた事があるだろう」と、しつこく詰め寄る。そこまで言われると、あるのかも知れない、と思い、渋々、

「ぐるみ、ってなんですか?」

 と、瑠香は聞いた。

「本当に知らないのか」

「っていうか、言っている意味が判りません」

「ぬいぐるみ、の『ぐるみ』の事だ。着ぐるみ、の『ぐるみ』でも良い」

「はぁ」

 また訳の判らない話が始まるぞ、と瑠香は覚悟した。日々輔は、演説をするかの様に両手を広げている。訳の判らない話をしますよ、主張している様にも見えた。

「ようするにだ。ぬいぐるみ、というのは『縫った』『ぐるみ』の事だと思うんだ。そうだろ? 着ぐるみ、というのも言葉のままだよ、正に『着る』『ぐるみ』の事だ」

「え、そうなんですか」

 妙な説得力に、瑠香は身を乗り出す。

「じゃあ、ぐるみって結局なんですか?」

「それを一緒に考えないか?」

「……嫌です」

 ぐるみ、など考えたくも無い。



「いやぁ、すっかり秋らしく、涼しくなったよね」

 支配人は、楽屋テントに乱入したと同時に、そう言い放った。言い放ってから、交互に熊と兎に入っている日々輔と瑠香を見る。支配人じゃなければ、着ぐるみの中がどれだけ暑いのか今すぐにでも身体に教え込んでやりたい所だった。

「珍しいスね。仕事は良いんですか?」

 日々輔も同じ事を思っているのか、言葉の端に若干の棘があった。が、オーナーは全く怯まない。「お客様が少ないから、僕の仕事も少ないんだ。だから、心配しなくても良いよ」と、逆に心配に成る様な発言を飄々と言い放つ。

「いやぁ、しかし、涼しい。涼しいね。夏の終わりだ。寂しい様な気もするね」

「オーナー」

 耐え切れなくなって、瑠香は口を開く。

「もしかして、嫌味を言いに来たんですか?」

 着ぐるみの中が、どれだけ暑いのか教えて欲しいのですか?

「そこに、ねずみが余ってるけど、オーナーもどうですか?」

 瑠香は、楽屋の隅でぐったりと横たわるねずみを指差した。

「あ、いやいや。ごめんごめん。そうじゃなくてさ。今ね、センターの女の子が、『熊を呼んでこい』って騒いでるから、ちょっと、出動してくれないかなーなんてさ」

「ああ」

 と、日々輔が首肯する。「さっきの子か」

「まだ、親御さんは到着してないんです?」

 先の迷子の家族に向けた園内放送が二十分程前に流れていた筈だが。

「まだ来てないねー」

 支配人は、のんびりとしたものだった。「とにかく、お願いしていいかな」

「いいッスよ」

 日々輔は、意外にも文句一つ言わず立ち上がった。瑠香は、呼ばれているのは熊だけなのだから、と立ち上がらなかった。が、直ぐに支配人が「兎も勿論一緒にね」と、笑顔で言う。

「え」

「だって、君達は、二人で一人だから。恋人同士だから」

「前から思ってたんですけど、その設定ってどうなんですか?」

 熊と兎で、どうやって恋人同士になったのだ? と瑠香は思う。思いながらも、渋々立ち上がる。逆らっても無駄だし、休憩時間だからと言って、やる事は無い。

 去り際に、支配人が、重大な何かを今思い出した、と言わんばかりに「あ」とわざとらしい声を上げた。「そうそう」と続ける。その余りのわざとらしさに、ここに来た本当の用件は、むしろこちらだな、と直ぐに判った。

「日々輔君。その、なんというか」

 ぎこちなく、言い辛そうにまごつく。喋り方を忘れたかの様に、「その、その」と繰り返す。

「なんですか?」

「嫌ね、ほら、えっと」

「なんですか?」

 支配人の不審な態度の所為か、楽屋に妙な緊張感が漂った。やがて支配人が意を決したかの様に、

「君の親御さんが来てるよ」

 と、そう言った。普段からニコニコと、怪しい笑みを浮かべている支配人にしては珍しく、真剣な表情だ。

 日々輔は何も言わなかった。

「……どうする? なんなら、今日はもう上がっても良いし」

 え? 瑠香は会話の流れに付いていけず、首を傾げる。溜まらず、口を出した。

「親御さんって、先輩の親御さん?」

「ん? ああ、そうそう。日々輔君の、お父さんお母さん」

「それがどうかしたんですか?」

 ゾ、と血の気が下がる程、冷たい声が聞こえた。一瞬、誰の声か判らない程だったが、程無く、日々輔が続ける。

「俺には関係ありませんから」

「いいのかい?」

「放っておけばいいんです。会う気はありません。瑠香坊、さっさと行こうぜ」

「え、あ、ちょ、ちょっと、先輩」

 日々輔がさっさと歩き始め、瑠香がそれに続く。追いついて、横に並ぶ。


「さっきは、どこかの熊さんが、『家族を思わない奴なんて屑だ』なんて言ってましたけど」

「なんだよ」

「別に仕事を上がれとは言いませんけど、休憩時間を利用して会うくらい出来るんじゃないですか?」

 日々輔は返事をしなかった。不機嫌そうに、のしのし歩く。

「お父さんとお母さん、どこから来たんですか?」

 日々輔が、都内のおんぼろアパートで一人暮らしをしているという話は聞いた事があるので、きっと、その両親はどこか遠くで日々輔の事を思っているのだな、と瑠香は思った。ただ、日々輔はすげないもので、

「知らない」

 と、ただ一言一蹴するだけだった。知らない訳が無いのだから、話したくないのだな、信用されてないのだな、と少し寂しい気分になる。



 着るぐるみの中は、冬でも汗を掻ける程暑いです。

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