4・まいごのこ
迷子の子供を見つけたのは、午前の仕事を終え、休憩の為に楽屋に向かっている時だった。
白いワンピースを着た、目の大きな女の子だ。周囲に、大人の姿は見えない。直感でしかないが、迷子かもしれない。瑠香がそう思った直後、女の子が顔を上げて、こちらに近づいてきた。
「げ」
日々輔があからさまに嫌そうな声を上げた。瑠香も思わず、「う」と声を上げてしまう。
「私、迷子なんだけど」
言っている割には落ち着いた様子だった。家族と逸れたパニックから泣き出す事も、うろたえる様子も無い。どちらかと言うと、冒険を楽しむ少年の様に悪戯っぽい笑顔が顔に張り付いている。「おじさん達。迷子のセンターまで案内してくれない?」
「おじさんじゃない。熊だ」
「だって、中におじさんが入ってるんでしょ?」
「入ってねぇよ」
「私、知ってるもん」
「ガキが何を知ってるってんだ」
「だって、サンタもパパじゃん」
「サンタがパパな訳じゃない。パパがサンタなんだ。それと同じだ。俺が熊なんだ。熊のプロだっつーの」
日々輔は、子供との口喧嘩ですら一歩も引こうとしない。意味不明な屁理屈にしか聞こえないのだが、妙な説得力があった。
「熊のプロってなんだよー」
不満げに頬を膨らます女の子は、可愛らしかった。
「川に鮭を取りに行った事だってあるんだ」
それを聞いた途端、女の子の眼が輝いた。「すごーい」と感嘆している。ひねているのか、純粋なのか。判断が付かない。ついでに言えば、何が凄いのかも判らないのだが、日々輔の方が子供の扱いに慣れているので、口出しはしなかった。
「じゃあさ、じゃあさ」
女の子は唐突に興奮し始め、飛び跳ねた。「やっぱり、ハチミツが好きなの?」
「好きだよ、好き好き。超好き。一日三食ハチミツだから」
日々輔は意外に子供に優しい。
女の子を後ろに連れて、センターに向かう。センターで子供が泣き始めた時や暴れ始めた時、楽屋で休んでいる「中の人」を直ぐに呼び出せる様に、という配慮から、センターと楽屋テントは密接しているので、どの道、当初の目的地とは変わらなかった。
「先輩って意外と子供に優しいですよね。やっぱり子供が好きだから、この仕事をしてるんですか?」
「はぁ?」
日々輔が、眉間にシワを寄せるのが眼に見える様だ。それから、一瞬だけ後ろを振り返って、先の、迷子の子供がこちらの会話を聞いていないことを確かめると、
「まぁ、確かに、嫌いじゃないけど。苦手だ。疲れるんだよ、子供の相手は」
と、言った。
「そうなんですか?」
「俺がたまに家に帰ると、弟やら妹やらが騒がしくてな。家でも、仕事先でも子供の相手をしてるんだぜ? うんざりだ」
「あら、意外です」
「何が」
「先輩、お兄さんだったんですか」
「それの何が意外なんだよ」
「いえ、なんか、一人っ子っぽかったので」
かく言う私は一人っ子なのだが、と瑠香はこっそり思う。
「ウチは大家族だ。今度、遊びに来いよ。多分、瑠香坊なら直ぐに大人気だ」
「そんな事言って、若い女の子を家に呼び込もうという魂胆ですか」
そして、親に紹介しようという魂胆ですか。それならそれで、実は構わないのだが。
「兎を着て来てくれないか?」
程無く、日々輔はそう言った。意味が判らず、聞き返す。
「兎?」
「その兎。今、瑠香坊が着てる兎だよ。あいつ等、こういうの喜ぶんだ」
家族の事を話す日々輔を見るのは初めてだったので、新鮮だった。暖かな陽だまりの事を話すかの様に、優しい口調だ。これも、意外な一面だ。
「家族思いですねー」
「家族を思わない奴なんて、屑だよ」
日々輔はそう言い切った。その言葉が、グサリと瑠香に刺さる。そういえば、上京してから一年、ロクに親とも連絡を取っていない。
今日、仕事が終わったら、連絡の一つでも取ってみようか。と、なんとなしに思った。
一人称的三人称。
ごめんなさい。言い訳かも知れません。