3・にせひびすけ
カフェテラス前。二人は風船をもって持った。何を? 当然子供達だ。
昼時という事も手伝って、カフェテラスは、満員御礼とは言わずともちらほらと席が埋まっている。家族連れが主だが、恋人同士と思われる若い二人組みも居る。いいなぁ、と瑠香は思う。それからこっそりと日々輔を伺ったが、熊を被った日々輔は、先程の事を根に持っているのか、珍しく静かだ。
「ちょっと、先輩」
声を掛けても、すぐには反応しない。
「まーだ根に持ってるんですか。言っとくけど、先輩も殴ったんだから、お互い様ですからね」
「ん?」
のんびりと、日々輔が声を上げる。
「ごめん。聞いてなかった。ちょっと考え事をしてたんだ」
日々輔の口から、「ごめん」などという高尚な単語が飛び出すとは思っていなかったので、瑠香は少なからず驚いた。思わず許してしまったくらいだ。
「なにをですか?」
許す代わりに、聞く。この私が声を掛けたというのに、なにを考えていて聞こえなかったのだ、と。くだらない事だったら、もう一度こっそり蹴ってやる、とも思った。
「風船について」
諦観する様な、どこか遠くに向かって呟くかの様な口調だった。一方で、瑠香は「まだ考えていたのか」と呆れる。
「風船というのは、『待っている』事の決意表明なのか?」
「なのか? と言われても、正直困りますけど」
正直適当に言ったのですけど。
「案外、的を射てるかもしれないな」
などと、日々輔が若干的外れの事を言う。「風船をもっていたら、考えてやってもいいな」と意味不明の独り言も呟いていた。そして、遥か頂を見据える登山家の様に顔を上げ、空を見る。それきり、電池が切れた様に動かなくなった。もしくは冬眠する熊の様に。
「どうしたんですか?」
不安を覚えて、聞く。「んー」と、切れの悪い返事が返ってきて、やはり様子がおかしい事に気付いた。
「今日の先輩は、なんだか変です」
いつも変だけど。と、瑠香はこっそり思う。
「そうかな」
「もしかして、今日は、別の人が入ってるんですか?」
「熊の中に?」
「いや、日々輔さんの中に」
言うと、日々輔が、ぶ、と噴出した。「俺の中にか」と。
「熊の中に入っている先輩の中に、更に別の人が入っているのです。偽日々輔ですね」
「別の人って誰だよ」
考えあぐねて、「小さい日々輔とか」と意味の判らない事を言ってしまった。
「結局俺じゃねぇか」
と、日々輔は屈託無く笑う。この屈託無く笑う、少年の様な先輩が、瑠香は嫌いではなかった。いや、むしろ好きだ。今の所はまだ言えないのだけれど。
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