2・ふうせん
ジェットコースター前。瑠香と日々輔は待った。何を? 当然、子供達だ。
「やっぱいねぇ」
「いないですね」
「風船って腐るのか?」
「腐らないと思います」
じゃあ大丈夫か。と、日々輔が妙な所で安心する。
「そもそも、ジェットコースター前ってのが間違ってるんだよな」
日々輔の饒舌さ、口の悪さは園内でも有名だが、それのお陰で退屈せずに済んでいるのも事実だ。
「何がですか?」
食いついてみる。
「だってさ、これからジェットコースターに乗る客が、風船を受け取るか?俺なら要らないね。飛んでくか、さもなきゃ割れるだろ」
「そんな事言ってたら、殆どのアトラクションがアウトじゃないですか」
「それもそうだな」
日々輔はあっさりと認める。それからすぐに、「じゃあ」と前置きをして更に続ける。
「風船って、どうなんだ?」
「またやぶから棒に」
やぶから棒に、の意味も良く知らないが、とにかく瑠香は兎の中で眉間にシワを寄せる。やぶから棒に、何を言っているのだこの男は、と。
「どうなんだよ。おかしいだろ。風船を持ったままアトラクションには乗れないじゃないか。俺達はどうして風船を配ってるんだ? 俺達が配ってるのはなんなんだ? おかしいよな。おかしいだろ」
「別におかしくないですよ」
瑠香は、半ば面倒になりながら、それでも「おかしくない」理由を探した。遂いつもの癖で、日々輔の言葉を否定してみたが、そこから先が思い浮かばない。ややあって間をおいてから、やけくそ気味に、
「待っていてくれる人が居るんですよ」
と、答えた。答えてから、これは案外、的を射ているかもしれない、とさえ思った。
「待つ?」
「風船をもって、待っていてくれる人が居るんです。子供がアトラクションを楽しんでいる間、パパやママは、風船を持って子供を待つんです。つまり」
「つまり」
「風船は、目印です。『ここで待ってるよ』という決意表明になります」
言い終わった後、これは中々馬鹿らしいかもしれない、と気づいた。ただ、所詮馬鹿話なので、馬鹿らしいくらいでちょうどいいかもしれない、とも思った。
日々輔が熊の中でどの様な表情をしているかは判らないが、「パパやママねぇ」と鼻で笑ったので、馬鹿にしているのだな、とは判った。よく見ると、常にニヤニヤと笑っている熊の気ぐるみも、人を小馬鹿にした様な顔だ。実際には、兎の着ぐるみも常にニヤニヤと、人を小馬鹿にした様な表情なのでお互い様なのだが、瑠香はム、と声を上げ、誰にも見えない様に日々輔の足を蹴った。
「つあ」
日々輔が情けない悲鳴を上げた後で睨んでくる。が、熊の着ぐるみがニヤニヤ笑っているので、余り迫力が無い。
「あにすんだよてめぇ」
周囲の眼が無い事を確認した後、小突いてくる。
瑠香も黙っていない。周囲の視線を確認して、反撃する。
日々輔も決して黙らない。周囲の視線を……
水面下。二人の、兎と熊の戦いは続いた。
前作に比べて、かなりのんびりとした話になりそうです。反動でしょうか。