表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

13・熊ぐるむ

 閉園まで残り十分。大勢の人々が踏み仕切る足音が聞こえる。夢は終わり、現実に向けて歩んでいく。流れていく。様々な人が、居た。風船をもった若い夫婦。その子供。老人。恋人同士。友達同士。この、寂れた遊園地のどこにこれほどの数が居たのだ、と、首を捻りたくなる。

 楽屋テントから、メリーゴーランドを覗く。中年夫婦は、日々輔の両親はまだそこで待っていた。赤い風船がゆらゆらと揺れている。あの二人を最初に見かけたのは、十二時頃だっただろうか。もしかしたらもっと早くから居たかも知れない。なんにせよ、七時間以上は、あの場に居る。

 いや、七時間がなんだと言うのだ。と瑠香は思う。

 日々輔は二十一年も待ったのだ。

 忘れていた。と言うのが本心とも思えない。


「もう閉園だよ」

 支配人が辛そうに言う。「残念だけど、閉園になったら、あの二人には出て行って貰わなくちゃならない」

「そうですね」

「それに」

 と、支配人が言う。「後五分もしたら、着ぐるみ組は出口に行かないと」

 閉園の際、兎と熊は出口でも風船を配らないといけない。「またどうぞ」と子供達に手を振る。それが仕事だ。

「判ってます」

 と、日々輔は言う。「会う気は、ありません」



 気が付けば、日々輔が隣に並んでいた。笑顔の熊の下で、どんな表情をしているのだろうか。後ろには、支配人、朱花、賀古がそれぞれの表情で並んでいる。「会うべきだ」と言う人間も、「会わない方がいい」と言う人間もいない。全ては日々輔に委ねられている。

「くまー」

 と、声が聞こえた。見ると、メリーゴーランドの前を横切る親子の姿があった。先の迷子の子と、その親だ。「くまー」と叫ぶ。日々輔がその子に向けて手を振った。母親が頭を下げた。

「珍しい話じゃない」

 その光景を見ながら、日々輔は言う。

「俺の弟達は、皆俺と同じ境遇だよ。あの子くらいのやつも居るし、もっと小さいやつも居る。事情は様々だけど、皆親と会えない」

 日々輔の、弟達、妹達。

「ゴミ箱に捨てられてた奴も居る。信じられるか? 生まれて直ぐゴミ箱だぞ、訳がわかんねぇよ」

 日々輔が頭を抑えた。正確には、着ぐるみを着ているので、熊の頭だが。

「それなのに、アイツ、親に会いたいって」

 泣いている事を隠そうともしない。

「おれ、俺だけ、あいつ等を置いて、親に会って良いのかな」

「え?」

「二度と会えない奴も居るんだ。それなのに、なんでだよ、なんで俺なんだよ。俺じゃなくてもいいじゃねぇかよ。ふざけんな。俺はもう良かったんだ、諦めてたんだよ。まだ、諦めてない奴が居るじゃねぇかよ」

 会いたい。一斉に声が聞こえた気がした。子供の声だ。様々な表情が頭を過ぎる。まだ見ぬ、日々輔の弟や妹達だ。施設で親を待つ、子供達の顔だ。

「会いたい」日々輔が、小さな声で言った。「怖い」とも。


「時間だね」

 と、支配人が風船を持ってきた。「出口の方、頼むよ」

「あ、はい」

 思わず受け取ってから、日々輔の方を見る。メリーゴーランドを見たまま、動かない。「先輩」呼んでも、返事は無い。仕方なく、無言で手渡そうとするが、風船は日々輔の手を擦り抜けた。

「あ」

 風船が、一斉に飛んだ。赤、青、緑、黄、様々な色が、空の黒さに溶けていく。その場に居た誰もが、空を見上げた。

「やっちゃった……」

 怒られるだろうか、と不安になったが、支配人は、「こういうのもいいね」とにこやかに笑うだけだった。

 空に気を取られていると、足に何かが当たる感触があった。「あ」と声を上げる。熊の頭だった。「先輩、熊の頭」

 前を見る。身体だけが熊の日々輔が、のしのしとメリーゴーランドに向かって歩いていた。それを見て中年の夫婦が腰を上げた。泣き出しそうになりながらも、結局は泣き出すに違いないのだが、今の所は互いの手を強く握って耐えている。

「ねずみ」

 瑠香は言う。

「ねずみの着ぐるみが余ってましたよね」

「そうだね」

 支配人は全てを了承した。

「いってらっしゃい」

 賀古が背中を押す。

「俺がねずみか」

 朱花が立ち上がる。

「出口の方、お願いします」


 兎はメリーゴーランドに向かう熊を追って走った。




 ここまで読んでくださった方に心から感謝です。有難うございました。


 主人公が女性だったり、好きの嫌いのという話が混じってみたり、一日一回更新してみたりと、色々と慣れない事に挑戦し、それが非常に勉強になりました。


 これを糧に、次も頑張らせて貰います。


 それではまた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ