表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

12・兎ぐるむ

「本当に、ずっと忘れていた」

 カフェテラス前。日々輔が躊躇いがちに言う。

「両親の事を、ですか」

「というよりも、人間という生物全てに、皆例外無く血の繋がった存在が居た事そのものを忘れていた。親が無きゃ、子供は存在しない事をだよ」

 躊躇い、怯え、しかし話したい、弱音を聞いて貰いたい。そんな様子だった。

「俺は施設の玄関口に置き去りにされてたらしい。これが笑っちまうんだけど、買い物カゴに入れられたってよ」

 笑うべき所でもないのに、日々輔が本当に可笑しそうに笑った。「俺の揺り篭は、スーパーの買い物カゴだ」と。

 遠くから、子供が手を振ってきた。二人で手を振り返す。

「それから二十一年。出来るだけ親の事は考えない様に生きてきた。その内に本当に忘れちまって、忘れたと思ったら、いきなりだ」

「会いたい、とでも言って来たんですか?」

「そう、らしい。施設の方に電話を寄越して、『日々輔の母です』だってさ。いまさらって感じだよなぁ」

「確かに、勝手ですよね」

 言ってから、メリーゴーランド前で、日々輔を待つ中年夫婦の姿を思い浮かべる。自ら手放したものに、もう一度手を伸ばす。胸中にあるのは、後悔だろうか、謝罪の念だろうか。どれ程の思いであの場に居るのだろうか。勝手だという事は承知しているのかもしれない、と思った。必死なのだ。

「会うか会わないか、最終的な判断は俺に任せるってさ」

 他人事の様に、日々輔は言う。


 ――会う気はありません。

 支配人が呼びに来た時、日々輔はそう言った。あれは、最終的な判断なのだろうか。


「まさか、俺が熊ぐるむをしているとは思ってないだろうな」

「早速使ってますね。ぐるむ」

 思えば、日々輔と中年の夫婦は、二度も接近している。

「先輩も、ご両親の顔を知らなかったんですね」

「まぁ、な。でも、メリーゴーランド前で見かけた時、なんとなくピンと来たんだ。確証は無かったけど」

「だから、私に調べさせた」


 ――『誰かを待っているんですか?』と聞くんだ。


「瑠香坊ならどうする?」

 日々輔が、自嘲気味の乾いた笑い声を上げながら、言う。「どうすればいいと思う?」

「私には判りません」

 多分、誰にも判りません。と瑠香は付け足す。「だけど」

「だけど?」

「私、先輩の事、好きですから」

 自分の口から出た言葉に、瑠香は驚く。何を言っているんだ。と思いながらも、結局の所、自分の胸の内を吐露する。

「例え先輩がどんな決断を下しても、私は傍に居ますよ」

 呆気に取られる日々輔を無視して、瑠香は続ける。

「兎と熊は、いつも一緒なんです」

 それが答えじゃ駄目ですか? 瑠香は、震える声を必死に絞り出す。



 次で最後です。最後までお付き合い頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ